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コラム「芝ひろば」

大住 良之(サッカージャーナリスト)

Jクラブ100、地域スポーツクラブ1万の夢
 スポーツは水と同じだ。いや、同じであるべきだと、私は思っている。
 国によって水はどこにでもある。川はとうとうと流れ、いくらでも使えるものをたとえて「湯水のように」という表現さえある。しかし別の国には乾ききった大地しかなく、コップ1杯の水がひと握りの砂金にもまさる価値をもつことさえある。人間は水なくしては生きていけない。安心して暮らせる社会とは、必要なときに必要なだけ水を使うことのできるものではないか。
 かつて私たち日本人は、砂漠のようなスポーツ環境しかもっていなかった。スポーツとは、学校でするものだった。第二次大戦後しばらくたってからそこに企業が加わるが、学生でもなく、企業の援助を受けて競技を続けることのできるレベルにもない人びとにとっては、スポーツを楽しむなどということは贅沢以外の何ものでもなかった。すなわち、学校と企業というオアシス以外、日本という国は「スポーツ砂漠」だったのである。
 1993年にJリーグがスタートしたことは、日本のスポーツ史に大きく記されるべき「革命」だった。当初、人びとが目を奪われたのは、サッカーという競技のスピード感、観客も「サポーター」として加わることのできる一種の「お祭り」感、そして何よりも、世界につながる「新しいプロスポーツ」としての豪華感などだった。だがわずか数年でそうしたブームが去ったとき、人びとが見たのは、「地域に根ざしたスポーツ クラブ」という、Jリーグのもつもうひとつの素顔だった。
 よく「地域密着」と言われるが、私はその言葉のなかに、何か偉そうなものが下々のところまで降りていってやっているという響きを感じて、あるときから使うのをやめた。そして「地域に根ざした」とか、「地域立脚」といった言葉を使うようになった。
 Jリーグ立ち上げ時の「思想的背景」はバブル経済だった。日本の経済は限りなくふくれあがり、1企業がJリーグのクラブに毎年十億円つぎ込んでもまったく影響はないという考えの下に、クラブとリーグの立ち上げが行われたのである。だがリーグが実際にスタートする前に、幸いにも(!)バブル経済は終焉を迎え、クラブの多くはいやが応でもそれぞれの地域に頼らざるを得なくなった。そして地域から支援を得るには、地域の人びとの幸福の実現に役立つ存在にならなければならないと知り、真剣な努力を始めた。
 Jリーグは2年目から拡大の道をたどり、1996年、当初のブームが去ったときには初年度から6クラブ増えて16クラブになっていた。「多すぎて覚えられない」と批判されたが、Jリーグは拡大を止めなかった。「自分の街にもJリーグのクラブをもちたい」という地域が、全国各地に広がっていたからだ。
 派手なプロサッカーの仮面が少しはがれたとき、人びとが見たのは、地域の一員になろう、少しでも喜んでもらえる存在に、地域に誇りをもたらし、元気づける存在になろうと努力するクラブの姿だった。そして実際に、クラブの存在で大きく変わった地域がいくつも生まれていた。
 立派なスタジアムと力強いサッカーを核に地域のシンボルとなり、老若男女をひとつに結びつけたクラブがあった。それとは逆に、貧弱なスタジアムと負けてばかりのチームしかないにもかかわらず、サポーターの熱意が地域の人びとをリードし、まるで出来の悪い末っ子をかわいがるようにクラブへの愛を深めた地域もあった。サッカーの枠を超え、いろいろなスポーツに取り組むことで、広く地域の理解を得たクラブもあった。
 Jリーグが拡大を続け、1999年にJ2ができるなかで、巨大資本のバックがなくても地域全体でプロのサッカークラブを支えるノウハウも蓄積された。それぞれの地域の特色を生かしながら、2010年、JリーグはJ1とJ2を合わせて37クラブにまで拡大した。「Jリーグのクラブをもちたい」という地域は、日本全国にさらに数十もある。
 「地域に根ざしたスポーツクラブ」というJリーグの構想は、いまや日本のスポーツの将来像としてとらえられるようになった。年齢にも性別にも社会的な立場にも関係なく、誰もが身近に手軽にスポーツを楽しむことができるようにするには、生活地域ごとにスポーツクラブを整備する必要があるからだ。
 Jリーグのクラブはプロのサッカーの試合を通じて地域に楽しみを提供するだけでなく、ホームタウン全体に生活地域ごとのスポーツクラブのネットワークをつくるリーダーにならなければならない。
 私は夢みる。日本全国に100のJクラブがあり、毎週、1部から4部までのリーグ戦が行われてスタジアムいっぱいの人びとを楽しませている。その一方で、日本全国を約1万(公立中学校とほぼ同じ数)のスポーツクラブのネットワークが覆い、誰もが日常的にスポーツを楽しむことができる。
 スポーツが水のようになったとき、日本は、本当に安心して暮らせる、幸せな国になっているはずだ。

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