
2025年、FC東京ホーム開幕戦。
キックオフ2時間前にもかかわらず、味の素スタジアム北側の広場には行列ができていました。最後尾にはエレキギターの看板を片手に持ったFC東京のファン・サポーターが並んでいます。
蛇行した列の先には黒いキッチンカーがありました。長方形の看板には「ロックなカレー屋 YASSカレー」と書かれていました。
この日の待ち時間はなんと1時間以上。なぜ大行列ができたのでしょうか。それはスタジアム出店の最終日だったからです。
YASSカレーは15年間スタジアムへの出店を続けたカレー店です。2011年から2019年まではFC町田ゼルビアのホームスタジアム・町田市立陸上競技場(現在の町田GIONスタジアム)、2020年から2024年まではFC東京のホームスタジアム・味の素スタジアムに出店してきました。
この日の対戦カードは奇しくも「FC東京 VS FC町田ゼルビア」。長年の定番メニューとのお別れをするために両クラブのファン・サポーターが押し寄せたのです。
スタジアム出店を終えた日から1年が経ちました。
現在、YASSカレーは町田の店舗に専念して営業を続けています。スタジアムと歩んだ15年間はどうだったのでしょう。そして、あの味は今どうなっているのでしょうか。店舗を訪れてみました。

JR町田駅を降り、人通りの多い商店街を抜けて約5分。駅近ではあるものの少し目立たない隠れ家のようなターミナルビルの2階に店舗はあります。入り口にはガイコツが2体ぶら下がっていて、ライブハウスのような雰囲気が漂っています。入るのにドキドキします。

店内はまさにロック!壁にはバンドTシャツやギターが立てかけられていて、スピーカーからベースやギターの重低音が鳴り響いています。

そして、メニューの表紙に角煮カレー。早速、注文してみましょう。
ドンッ!!

インパクト抜群のお皿がやってきました。厚みのある角煮が2個。さらに輝く半熟の煮卵。ドロッとしたカレーの海からはコクのあるやさしい香りが湯気とともに立ち上っていました。
これは我慢できない!

まずは角煮をひと口……。じんわりとした脂の甘味と醤油の塩気が最高です!ほどよい硬さが残っていて肉々しい食感も味わえます。

そして、主役のカレー!カレーを口に入れた瞬間、野菜と出汁の旨味が一気に押し寄せてきました。甘めのコクが凝縮されています。スパイスの香りもほんのりと感じられて上品。なのにやみつきになる味です。口へ運ぶスプーンが止まりません。

角煮や煮卵と一緒に食べるとコッテリさが増します。白米が進む、進む。たったの数分で皿が空っぽになりました。親しみやすさと楽しさを感じる味でテンションが上がりっぱなしでした。
YASSカレーは15年間で259試合に出店しました。店内奥の座敷コーナーにはその歩みを物語るかのようにJリーグのマスコットキャラクターたちがズラッと並んでいます。スタジアムで歩んできた道のりについて、安田結さんと安田ひろ子さんに話を聞きました。

すごいマスコットキャラクターの数ですね!

ほとんどいただきものなんですよ。ファンやサポーターの方達が連れてきてくださったんです。

2017年にオープンした時は町田ゼルビアのゼルビーとFC東京の東京ドロンパの2体だけだったんですよ。みんなから託していただいてこんな感じになりました。
2026年6月7日に15年ぶりのJリーグオールスターが国立競技場で開催されます。ファン投票で選ばれた1店舗が復活するのですが……。

めちゃくちゃおもしろいよね。

サポーターは喜ぶと思う。

うん、そう思う。でも、僕たちは出られないんだよね。


15年間スタジアムグルメのために全力を尽くしてきたけど、最終日はまさにその集大成でした。お客さんも1番多かったし、うれしい言葉をたくさんいただきました。

そうだよね。走り抜けたよね。

僕たちも最高の力を出せた。「これでYASSカレーのスタジアムでの役目はすべて終わった……」と感じました。
「そうだ。ちょっと、こっち来てください」



「これなんだよね。このガイコツがスタジアムの僕たちです」
「肉体は亡くなりました。残ってるのは魂だけなんです」


ガイコツの服は僕たちがスタジアムで着ていたつなぎなんですよ。肩にかけているのは最後尾のお客さんに持っていただいていたギターです。スタジアムの15年間は絶対に忘れられない。その気持ちをここに残しているんです。でも、燃え尽きてはいます。それくらい全てをかけてきました。

結さんとひろ子さんが移動販売のカレー店を始めたのは2010年でした。軽自動車のワンボックスを中古で購入。約3ヶ月かけてベースとなるカレーを完成させて、角煮カレーやチキンカレーを開発しました。将来的な目標は自分たちの店舗を持つことでした。


「5年くらいしたら店舗を作りたいね」って話してました。最初はショッピングモールに出店したんですけど、初日に売れたのは3皿だけでした。ひと皿500円で販売していたので1500円の売上です。でも、とてもうれしかったんですよね。「お金を出して買ってくれる人がいるんだ!」って驚きました。

そうそう。本当に感動したよね。

ただ純粋に「すげえっ!」って興奮していました。
地域イベントにも出店し、徐々に稼働日を増やしたYASSカレーは相模原市で開催されるスポーツの試合にも進出します。アメフトチーム・相模原ライズや地域リーグに所属していたSC相模原の試合が行われる相模原麻溝公園競技場(現在の相模原ギオンスタジアム)で販売を始めたのです。このことがYASSカレーのスタジアム出店に繋がります。2010年はJFLに所属していたFC町田ゼルビアのホームスタジアム・町田市立陸上競技場(現在の町田GIONスタジアム)の3年間にわたる大規模改修が始まった時期です。メインの工事をシーズン終盤からオフシーズンにかけて実施する影響でホームゲームの2試合を相模原で開催することになっていました。結さんはスタジアムグルメの店舗を管理している企業を紹介してもらい、出店者として登録。FC町田ゼルビアが主催する試合に参加しました。最初の試合ではキックオフ直後にカレーが完売。2試合目では1.5倍の量を準備して、ハーフタイムに売り切れました。「町田へ進出して欲しい!」というファン・サポーターも現れ、結さんとひろ子さんは手応えを感じました。そして、2人の心に最も残ったのがスタジアムの雰囲気です。


僕たちはスポーツ観戦をほとんどしたことがなかった。だから「こんなこと毎週やってるんだ!」って驚いちゃって。

お祭りみたいだったよね。楽しそうだった。

和気藹々としていたよね。スタジアムグルメがひとつの文化と知って。「おもしろい!」と思いました。それにスタジアムにくる人って個性的なんですよ。グルメマニアもいればマスコットマニアもいる。全試合アウェイに遠征している人もいる。みなさん本当に素敵でした。

サポーターのサポーターになりましたよね。スタジアムでカレーを渡すときは全員に「行ってらっしゃい」「楽しんできてくださいね」って声をかけて。

そうそう。僕たちは特定のチームを応援していないんですよ。ホームもアウェイも関係ない。「これ食って、応援がんばって!」って気持ちでした。

YASSカレーは2011年から1年に数試合のペースで町田市立陸上競技場に出店するようになりました。FC町田ゼルビアが1度目のJ2昇格を果たした2012年には7試合へ増加し、味の素スタジアムにも進出。シーズン終わりに当時のJリーグ公式ファンサイト「J’s GOAL」が開催する「Jリーグスタジアムグルメ・ベストイレブン」に選出されました。2013年には町田ゼルビアのホーム全試合で出店を認められます。当初の「5年後に店舗をオープンする」という目標に近づいているようにも思えました。しかし、店舗を作る決心はなかなかつけられません。その理由について結さんは「不安が大きかった」と振り返ります。


スタジアム以外ではあまり通用しなかったんですよ。例えば、大学のキャンパスではほとんど売れない日もありました。その日は本当に情けなかったですよ。

帰りの車で泣きながら帰ったよね。

「うちのカレーはスタジアム専用なのかな?」って思っちゃったんですよね。汗をかく屋外で食べるカレーっておいしいじゃないですか。それなのかなって。お店をやった時も同じように喜んでもらえるのか。すごく心配でした。

しかし、スタジアムを中心とした移動販売にはリスクもあります。販売数はスタジアムの観客数に左右されます。天気に恵まれる日は好調ですが、雨や台風が重なると売上が大きく下がることもあります。出店料などの条件が変わる可能性も否定できません。

お店を作れるだけの資金はなかったんですよ。でも、このままだと行き詰まりそうでした。勝負をかけるために借り入れをしてお店を作ったんです。それから2年間は店舗と並行して続けていましたが……。紆余曲折あって2019年のシーズン終了後に町田市立陸上競技場からの撤退を決めました。スタジアムグルメの契約交渉はシーズン終了後に始まるんですよ。最終戦の段階では来シーズンの出店の有無はわからない。だからサポーターさんたちにお別れの挨拶をできなかった。それが残念でした。
結さんとひろ子さんは店舗に集中することを考えました。J1の数クラブからオファーが届きましたが、「ゼルビアサポーターに申し訳ない」と思って断ります。しかし、その中に何度もオファーを出したクラブがありました。それが、FC東京です。

出店を辞めた理由を説明したんですよ。そしたらこちらの条件に合うように調整してくれて。「こんなに誘ってくれるんだったらやろう!」と思ったんです。

担当者の方の熱意が本当にすごかった。燃え尽きていましたけど、ちょっとずつやる気が戻ってきました。

「でもね、すぐコロナになっちゃった」

スタジアムが5,000人制限になって、今度は売上が苦しくなった。2020年から2024年の5年間はしんどかったですよ。それでも全然辞める気はなかった。スタッフの方への恩もあったし、あと10年はやろうと思っていました。


2023年には数百万円かけて新しいキッチンカーを作ったんですよ。

キッチンに2人入れるようになりました。エアコンもついていたし、本当に快適でした。夏の暑さをしのげて冬も暖かいんですよ。

でも段々と出店を続けるのが厳しくなって。それで2024年のシーズン終わりに引退を決めました。またお客さんに「今日が最後です」と言えないのが心残りだったのですが……。たまたま2025年FC東京のホーム開幕戦がFC町田ゼルビアとの一戦だったことがわかったんです。どっちもめちゃくちゃお世話になったクラブ。「運命じゃないか!」と思って、1試合だけ出させて貰うようにお願いしました。そしたら「ぜひ!」と即答してくれて。本当にいい花道を作っていただきました。感謝しています。
スタジアムからYASSカレーは引退しました。しかし、店舗のYASSカレーは今でも多くのファン・サポーターの居場所となっています。スタジアムの試合前に寄る人もいれば、常連になって近況を告げる人もいるそうです。

FC町田ゼルビアに出店していた頃、高校生だった男の子がずっと通ってくれていて。大学に受かった時にお母さんとカレーを食べに来たし、就職したことも教えてくれました。ついこの間、結婚したらしいです。

うれしいよね。毎試合カレーを買ってくれた大学生の女の子も赤ちゃんと一緒に来てくれました。

自分たちは変わっていないと思っているけど、みんな変わっていく。なんだか歴史を感じるよね。

そうだよね。うちに来るサポーターさんたちは色々と話をしてくれる。

お土産をくれたりとかね。本当にありがたいです。
今後、YASSカレーはどのような道へ進むのでしょうか。「自分たちを表現する料理を作っていきたい」といいます。

店舗に集中できるようになってメニュー開発に取り組みやすくなったんですよ。YASSカレーは月ごとに変わる限定メニューを出しています。毎月コンセプトを決めているんですけど、それが自分たちの表現になっています。

常連さんが食べるのはほとんど限定メニュー。先月は「モンスターペアレント」という親子丼がテーマのカレーでした。


もちろん角煮カレーが好評なのはうれしいんです。でも、それって過去の自分が作ったものなんですよね。やっぱり新しいことをやっていきたい。人気があるものを多く売るより自分たちらしいことが大事なんです。その姿勢はずっと変わりません。移動販売を始めた時もスタジアムから引退した時も同じです。

私たちって損得だけでは動けないんですよね。譲れないことは譲れない。そういうのがすごく強いんだと思います。

「ロックなカレー屋」と名乗っていますが、僕にとってのロックって「あり方」なんですよね。こだわりにとらわれず自由に生きていく。積み重ねたものを壊して、新しいものを創っていく。このお店に来たお客さんがそれを感じ取って、何かをする後押しになればうれしいです。
(取材・撮影・執筆 中 たんぺい)
YASSカレー
- 営業時間:公式Xでご確認ください
- 定休日:不定休
- 住所:東京都原町田3-1-4 まちだターミナルプラザ2階
- アクセス:町田駅ターミナル口から徒歩約1分
- 公式XURL:https://x.com/yasscurry1











この座敷がサッカーゾーンになっています。全部で100体くらいいるのかな。自分達で買ったのは5体だけかな。