シャレン!Jリーグ社会連携


サンフレッチェ広島
「ヒロシマの心」 ~被爆80年、一つのボールに託す平和への願い~
被爆80年を迎えるヒロシマには、「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という平和への切実な願いが受け継がれている。本取り組みでは、被爆地にスタジアムを構えるクラブとして、スポーツを通じた二つの平和活動を実施した。サポーター、選手、アンバサダー、スタッフが折り鶴に想いを込め、一つのボールとして奉納したPeaceボールプロジェクト。そして選手自身が平和と向き合う平和学習である。
行動と学びの両面から、ヒロシマの心を未来へつなげている。
- 活動場所
- エディオンピースウイング広島、平和記念公園
- 協働者
- 行政、 企業、 住民、 学生、 ファン・サポーター、 スタジアム、 選手、 ボランティア、 公益財団法人、 プロスポーツクラブ、 クラブアンバサダー
- 協働者名
- 公益財団法人広島文化センター、広島市(広島市長)、メディア各社、スタジアム近隣住民、ユースピースボランティア(ボランティア兼学生)、サンフレッチェ広島新人選手(中村、井上、ヒル)、サンフレッチェ広島、サンフレッチェ広島アンバサダー、サンフレッチェ広島レジーナアンバサダー
協働者の声
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公益財団法人広島文化センター 平和文化振興部平和学習課長/西田 満 氏
広島の被爆体験を根底に据え、平和推進等の諸事業に取り組んでいる広島平和文化センターは、被爆80年に際し、サンフレッチェ広島の選手と広島の中高生が被爆の実相を学び議論する平和学習を行いました。参加した生徒は、憧れの選手と平和について真剣に話し合い、「ヒロシマの心」が共有できたと大変喜んでいます。
活動詳細情報
1. 公式サイト①
2. 公式サイト②
3. 公式サイト③
4. 日テレNEWS NNN
5. 中国新聞①
6. 中国新聞②
7. YAHOO!ニュース
ストーリー
「ヒロシマの心」という原点
1945年8月6日、原子爆弾によってヒロシマは一瞬で日常を奪われた。街は壊滅し、数多くの尊い命が失われた。その惨禍を経験した被爆者たちは、深い悲しみと向き合いながらも、「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という強い願いを語り続けてきた。この言葉は、特定の時代や地域にとどまらない、全人類に向けた普遍的なメッセージである。
広島では幼い頃から平和学習を通じて、戦争の痛ましさと平和の尊さを学ぶ文化が根付いている。本取り組みは、そうした「ヒロシマの心」を、スポーツという誰もが共有できるフィールドを通じて、次世代へ、そして世界へと伝えることを目的としている。
行動としての平和:Peaceボールプロジェクト
平和への想いを“行動”として形にする取り組みが、Peaceボールプロジェクトである。サポーター、選手、アンバサダー、スタッフが参加し、それぞれが折り鶴を作成した。折り鶴には「サッカーが見られる幸せ」「戦争が二度と起こりませんように」など、平和への願いが一羽一羽に手書きで記されている。
透明な球体に約2,500羽の折り鶴を詰め、原爆の子の像の下へ奉納した。プロジェクト当日は、試合では熱く対峙するホームとアウェイのサポーターが、同じ空間で協力して折り鶴を折る姿が見られた。家族で平和について語り合う場面や、広島のサポーターが折り方を教える光景は、立場を超えて心を通わせる「ヒロシマの心」そのものだった。
学びとしての平和:選手平和学習
次に実施したのが、プロ入り1年目の新人選手を対象とした平和学習である。公益財団法人広島平和文化センターとユース・ピース・ボランティアの協力のもと、「サッカーが平和のためにできること」をテーマにディスカッションを行った。参加した井上愛簾、中村草太、ヒル袈依廉の3選手はいずれも広島県外出身であり、被爆地・広島で初めて平和と正面から向き合った。対話を通じて導き出された答えは、「相手を思いやるフェアプレーの精神が、試合を通じて平和を発信する力になる」というものだった。
エディオンピースウイング広島から未来へ
エディオンピースウイング広島は、「恒久平和」と「夢や希望を持って明るい未来へ羽ばたく願い」を込めて名付けられた、被爆地に建つスタジアムである。一つのボールを追いかけ、得点を競い合うサッカーは、国籍や性別、人種を超えて人と人をつなぐ力を持っている。
だからこそ、この場所から平和を発信することには大きな意味がある。行動としてのPeaceボール、学びとしての平和学習。その両輪を通じて、「ヒロシマの心」を未来へと受け渡していく。折り鶴を折る手、言葉を交わす対話、そしてフィールドで示される思いやり。その一つひとつの平和へのプレーが、世界に平和を広げる確かな一歩になると信じている。
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