MVP & NEW HERO

過去表彰者

インタビュー
2017.10.13 12:00

初代ニューヒーロー賞 斉藤俊秀氏

JリーグYBCルヴァンカップ(ヤマザキナビスコカップ)のニューヒーロー賞が設立されたのは、4回目の開催となった1996年大会のこと。これまでに多くの逸材たちが受賞してきた若手の登竜門ともいうべきこの賞の第1回目の受賞者となったのが、現在、ジュビロ磐田の監督を強める名波浩(当時磐田所属)さんと、斉藤俊秀さん(当時清水エスパルス所属)の2人だ。

現在、清水エスパルス経営戦略室オフィサー/U-17日本代表のコーチを務める斉藤さんに当時の心境やこの賞の重要性、現在の若手選手の印象などを訊いた。

斉藤さんは早稲田大学から1996年に清水に加入。1年目からCBのレギュラーの座を掴み、この大会の活躍をきっかけに、日本代表にも選ばれるようになった。

「Jリーグには開幕から試合に出ていたんですけど、ナビスコカップは6月開幕で、この頃からだいぶ自分のプレーが表現できるようになっていました。リーグ戦ではなかなか結果を出せなかったんですが、別の大会なので心機一転の想いはありましたね。当時、エスパルスはシルバーコレクターと言われていたので、クラブとしてタイトルを獲りに行くという強い想いがあったのを覚えています」

清水は1992年と1993年大会で決勝まで進みながらも、ともにヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)に敗れていた過去がある。それだけにクラブには「シルバーコレクター」の汚名を返上したいという想いが、強く漲っていたのだ。

清水はグループリーグを1位で通過し、見事にベスト4に名乗りを上げる。その勢いのまま準決勝でベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)を5-0と撃破して、決勝にまで駒を進めた。そしてファイナルの相手は因縁のV川崎だった。

しかし、清水の選手たち二度敗れた相手との一戦を前にリベンジの想いを強くしていた、というわけではなかった。

「当時のアルディレス監督は、大らかな人だったのもあって、前の日からピリピリすることもなく、前夜祭の時も笑い声が絶えない雰囲気でしたね。そういういいムードが作れていたので、なんとなく勝てるかなと思っていました」

そして迎えた決勝では、2点を先行しながら、終盤の2失点で同点に追いつかれてしまう。延長戦でも1点を奪ったものの、再び同点ゴールを許し、勝負はPK戦へと委ねられた。

「正直、2点リードした時はこれで行けるかなと思いましたけど、ヴェルディの底力を感じましたね。でも、簡単には勝てないなと思ったけど、追い込まれている感じはなかったです。やっている選手もパニックにはなっていなかったし、ベンチもどっしりと構えていたので、なんとかなるのかなと」

PK戦ではV川崎のマグロンが外したのに対し、清水は5人全員が成功。V川崎にリベンジを果たし、悲願の初優勝を果たした。

「嬉しかったのはもちろんですけど、ほっとしたというのが本音です。シルバーコレクターと言われてきたなか、自分の嬉しさよりも、悔しい想いをしてきた先輩たちが優勝できて良かったという想いのほうが強かったです」

斉藤さんはこの試合で相手との接触プレーで頭を切りながらも120分間フル出場。決勝の前にすでにニューヒーロー賞の受賞は決定していたが、その賞に違わぬ活躍ぶりで、見事に優勝に貢献している。

「ニューヒーロー賞は、サッカーをよく知る記者の皆さんが選んでいたということが、嬉しかったですね。僕はまだプロになって1年目だったので、これからJリーグでプレーしていくうえで、すごく自信になりました。ちょうどその頃、日本代表にも呼ばれてはじめて、そこでやっていくうえでも、勲章というか、ひとつの後ろ盾をいただいた感覚になりました」

斉藤さんはこのニューヒーロー賞の受賞を、サッカー人生におけるターニングポイントだったと位置付けている。

「この賞をもらえたから、その先につながったと思います。サッカー選手としてのキャリアを歩むうえでの、お守りに近いものをいただいたのかなと。その時思ったのは、いただいたことも大事だけど、取った後の生きざまも大事だということ。自分でしっかりと力強くよりキャリアを築いていかないといけない。これは僕だけでなく、他の歴代の受賞者もその後のキャリアをしっかりと歩んでいると思うし、これから受賞する選手もそうであってほしい。それがこの賞の価値を高めていくと思います」

現在、育成年代の指導に携わる斉藤さんは、やはり若手選手のプレーを注目しているという。

「磐田の小川航基や京都の岩崎悠人、福岡の冨安健洋、FC東京の久保建英もそうですけど、そういう選手たちがこのルヴァンカップで活躍して、将来の日本を背負うような選手になっていってほしいですね」

最後に斉藤さんは、若手選手に対して、次のようなメッセージを送ってくれた。

「ピッチ上でのパフォーマンスもそうですけど、ピッチ外の振る舞いもすごく重要になってくると思います。日本ではサッカーは国技にはなっていないけど、だからこそ、サッカー人としてどう日本の社会と向き合っていくかが、これからはより問われてくる時代になるでしょう。ピッチ外の振る舞いをもっと磨いてほしいし、僕自身もそういうことを伝えていきたいと思っています」