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コラム

Jリーグチェアマン 村井満の“アディショナルタイム”

2015/2/15 17:38

ドイツの田口さん(♯29)

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ドイツで出会った二人目の友人は田口哲雄(たぐちてつお)さん。日本人でありながら名門1FCケルンの正式なゴールキーパー(GK)コーチまで登りつめた異色の存在だ。

今回のドイツ訪問のひとつの目的はドイツの若手の育成システムについて学ぶことであった。育成設備面もさることながら指導者についても興味は尽きない。FIFAワールドカップブラジル大会でもドイツ代表のマヌエル・ノイアー選手をはじめ数多くのGKに注目が集まった。私自身ゴールキーパーだったこともあるのだが、ドイツ指導者層の中に日本人GKコーチがいると聞けば会いに行かざるを得ない。

田口さんは1976年埼玉県浦和市で生まれた。大宮の小学校でサッカーを始め、父の転勤の関係で小学校3年生から広島で暮らし、中学で再び大宮に戻って来ている。驚いたことに、彼はその後、埼玉県立浦和高校に進学し、サッカー部でGKをしていたのだという。ポジションも含めて全くの私の高校の後輩だったのだ。

多くの優秀なGKを育成している田口さん。左側はドイツU20代表のGKダニエル・メーゼンフェーラー選手。
多くの優秀なGKを育成している田口さん。左側はドイツU20代表のGKダニエル・メーゼンフェーラー選手。

県立浦和高校は埼玉県内では進学校なのだが、サッカー部は私の時代と同じく、勉強しない部員ばかりだったそうだ。既定路線の浪人生活を経て、彼は東京外国語大学のドイツ語専攻に進学する。動機といえば「サッカーと言えばドイツ」くらいの安直な発想だったという。大学在学中はさいたま市のクラブチームに所属してプレーはしていたが、プロを目指すというレベルではなかったようだ。ある意味どこにでもいる普通の大学生だったのかもしれない。しかし、大学3年生の時の欧州旅行が彼の人生を大きく変えてしまうことになる。それはフランクフルト、ケルン、ドルトムント、イタリアとサッカーに触れながら旅した3週間の旅だった。

彼は大学時代に不動産会社でのアルバイトも経験していたのだが、欧州旅行以降「会社勤めは食いっぱぐれはしないが、一度きりの人生、こうしたサラリーマン生活でいいのだろうか」と考え始めてしまったのだという。

熟慮の結果、彼は就職活動を断念して単身ドイツに渡る。「ドイツ旅行」から「ドイツで働く」に飛んでしまうところが彼の行動力の真骨頂なのだろう。まずは、ケルン体育大学で学びながらサッカースクールコーチなどを経験していく。ドイツ語専攻とはいえ、生きた会話はまだまだで、その期間に改めてドイツ語も修得した。その後、1FCケルンの採用面接を受ける。2006年にアルバイト契約で採用されるとメキメキと頭角を現し、2008年には、期間の定めのない正規雇用契約のGKコーチとして採用された。1FCケルンとしては、ユース部門のGK指導者を正規雇用するのは初のケースだったそうだ。プロ経験のない外国人コーチを正規雇用するのももちろん初のケースだった。

彼はクラブの育成プログラムの方向性を体系化し、育成に関する格付け会社からトップランクの三ツ星プラスを獲得している。そうした活躍だけでなく、何より彼の持ち味は面倒見の良さである。大きな声を出してクラブハウスを動き回って仲間に声をかけている。笑顔と声の大きさが彼のトレードマークだ。現在浦和レッズの槙野智章選手が1FCケルンに所属していた時も公私にわたって支援したのだと聞いた。

現在彼が育てたトップチームのGKティモ・ホーン選手はドイツU21の代表候補になっている。欧州選手権で活躍すればリオデジャネイロオリンピックに選出されるかもしれない。またU20のドイツ代表GKダニエル・メーゼンフェーラーも彼が育てている選手だ。実績面でも十分結果を出しているのだ。

滞在時、ドイツの気温は氷点下に達し、本当に寒かった。私のホテルにはバスタブが無かったのだが、滞在中ずっと湯船に浸かりたいと考えていた。本来好物である冷えたビールもさほど飲めなかった。「骨まで染みる寒さ」をさらに超えた感じで「骨がひび割れるような寒さ」とでも言おうか。でもなぜか田口さんと会っていると温かいエネルギーをもらえたように感じた。彼の中から何かが溢れ出ているのだろう。きっと多くの育成世代の選手もそんな彼の熱を感じているのかもしれない。