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コラム

Jリーグチェアマン 村井満の“アディショナルタイム”

2014/5/30 10:00

芝生を巡る想い(♯3)

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 徳島ヴォルティスのホームでの試合観戦後、2時間ほどの空き時間ができたので、いつものことながら、急きょヴォルティスの練習場を訪ねてみることにした。相変わらずクラブにとっては迷惑な話である。クラブスタッフの多くは鳴門市の鳴門・大塚スポーツパークポカリスエットスタジアムで、ゲーム後の後片付けに追われている。板野郡板野町にあるヴォルティスの練習場「徳島スポーツビレッジ」までは、スタジアムから車で40分近く掛かるのだが、クラブハウスに荷物を届けるというスタッフに運よく相乗りさせていただいた。

小原さんと
小原さんと

 高台にあるスポーツビレッジからは遠く瀬戸内海が見渡せ、西に傾いた太陽は私の影を緑の天然芝に長く伸ばしている。人影のないグラウンドに流れる穏やかな風と鳥のさえずりは、今までいたスタジアムでの歓声や喧騒とは別世界のようで、私はその爽快感に思わずカメラのシャッターを押しながら天高く手を伸ばした。

 グラウンドを眺めていたら、黙々と芝の手入れをしている一人の男性の存在に気が付いたので、近づいて話しかけてみた。この施設管理を請け負う南海造園土木株式会社の小原伸行さんだ。穏やかな表情で少し照れながらぽつりぽつりと話をしてくれた。

 小原さんは千葉県佐倉市の出身、ここに来るまでは、千葉で飲食店の調理や接客の仕事を転々としたり、法人相手の新規営業なども経験してきたが、そのどれもが、自ら生涯続けて行く仕事とは思えないでいた。小原さんの父は警察官一筋。 一つの仕事をずっと続けていくことの大変さは身近に見ていて身に染みていたが、そんな父を羨ましくも思っていたという。

 そんな時に、小原さんはふとしたことから「グラウンドキーパー」の仕事を知る。なぜだか分らなかったが、妙に心に響くものがあったという。サッカーはテレビ中継があれば見たりはするが、特別に思い入れがあったわけではない。プレーヤーとしても中学校の部活から始め、高校では早々に退部している。しかし、この仕事に関しては何故だか「これだ」という感覚があったという。時はちょうど東日本大震災のタイミングと重なっていた。

 まずはJリーグのホームページを見て、スタジアムや練習場に直接「芝の管理の仕事はありますか?」と電話をかけてみた。20件ほど電話をしたものの、求人はない。次にインターネットで募集広告を探してみたら、 徳島ヴォルティスの練習場管理に関する求人を発見した。「経験者優遇、未経験も可」という条件だ。

 小原さんは迷わず徳島に出向き面接を受けた。当初は会社側も突然の千葉から来た未経験の来訪者に半信半疑だったようだったが、それでも面接はアットホームな雰囲気で進み、幸運にも内定を取ることができた。彼自身転職自体に迷いはなかったのだが、初めての土地で、未経験の業務へのチャレンジなどで、生活は苦しくなるだろうと覚悟したという。その中で、彼の眼に映った東日本大震災の光景は、親戚もいない土地で新しい世界に飛び出そうとしている自分の背中を押しているのだと感じたという。

 仕事は今春でちょうど3年が経過した。最初の2年は上司と二人でやってきたのだが、この1年は天然芝のグラウンド2面の管理を中心に、一人で任されるようになったそうだ。当初は自分だけでも十分できると思っていたが、去年、ひとり立ちしてすぐに芝の病気の伝染や害虫の食害で芝の多くの部分を枯らしてしまった。その時初めて、自分の知識不足を恥じ、今までいかに周囲のサポートを受けていたのかを改めて知らされたのだという。

 「仕事は大変ですけど、私が手入れをしたグラウンドで選手が練習してくれることが何より嬉しいです。試合に勝ってくれたらなおさらです。」と語ってくれた。将来の夢は「トップチームだけでなく近隣の中高生に最高レベルの芝を体感してもらえたら」と語ってくれた。

 この日の徳島ヴォルティスは1勝11敗の状態で、第13節、ホームにFC東京を迎えた。徳島の選手は最後まで粘り強く守り抜き、0対0で引き分け、ホームで初めての勝ち点を得た。この勝ち点1を持ち帰って、選手たちは明日も小原さんが丹精込めた芝でトレーニングを続ける。