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2019 J1参入プレーオフ決定戦
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コラム

青山 知雄の悠々J適

2015/5/31 16:00

あの日の三ツ沢。長友のJ公式戦デビューに重なる三好の奮闘(♯13)

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「若手の登竜門」。そう呼ばれて久しいヤマザキナビスコカップを、27日の水曜日にニッパツ三ツ沢球技場で取材した。横浜F・マリノスと川崎フロンターレの一戦でユース昇格1年目の18歳、三好 康児が輝きを放つ姿を見て、懐かしい記憶が蘇ってきた。イタリアのインテルでプレーする長友 佑都のJ公式戦デビューも、この三ツ沢で行われたヤマザキナビスコカップだったからだ。

明治安田生命J1リーグやAFCチャンピオンズリーグと並行して開催され、日本代表合宿とスケジュールが重なるケースが多いこともあって若手選手が出場機会を得やすい同大会。今シーズンも浅野 拓磨(サンフレッチェ広島)が台頭してリーグ戦での活躍につなげ、日本代表候補に招集されたことは記憶に新しいところだ。

第1回大会の名波 浩(現ジュビロ磐田監督)から昨年の宇佐美 貴史(ガンバ大阪)まで、大会を通じて活躍した若手選手に贈られるニューヒーロー賞の受賞者の多くが日本代表に選ばれているように、ヤマザキナビスコカップをステップアップの分水嶺とした選手は多い。長友はニューヒーロー賞こそ獲得していないが、明治大学に在学しながらJFA・Jリーグ特別指定選手として初めてプロのピッチに立つという記念すべき節目をヤマザキナビスコカップで迎えていた。

昨年の宇佐美をはじめ、ニューヒーロー賞受賞者の多くは日本代表にまで登り詰めている。
昨年の宇佐美をはじめ、ニューヒーロー賞受賞者の多くは日本代表にまで登り詰めている。

2007年6月、長友は国立競技場で行われたU-22マレーシア代表との北京オリンピック アジア2次予選でU-22日本代表デビューを果たす。右サイドバックとして先発出場すると、27分に左からのクロスに頭から飛び込んで先制点をマーク。51分にはペナルティエリア内に侵入してPKを獲得し、終了間際の83分には右サイドをトップスピードで戻って相手のカウンターを堰き止める活躍を見せた。

当時の取材ノートには、「こんなチャンスはないと思って飛び込んだ。日の丸を着けるからには体を張らなきゃと思った。自分にとっては今からがスタート。いつかは海外にも行きたい。(JFA・Jリーグ特別指定選手として登録されている)FC東京の練習にも参加したいけど、今はスケジュールの関係で難しい。まず明治大に帰ってアピールします」というコメントが残っている。

そしてこの国立から約1カ月後の7月8日、三ツ沢で行われたヤマザキナビスコカップ準々決勝第1戦で、長友は青赤のユニフォームをまとって初めてJ公式戦の舞台に立つ。相手は横浜FM。今でこそ世界を相手に堂々と戦う長友だが、64分からの途中出場は「練習していたから違和感はなかったけど、さすがに緊張した」と話している。

だが、そのプレーは堂々たるものだった。当時の原 博実監督(現日本サッカー協会専務理事)から「守備を中心に」と指示されながらも、積極性と持ち味を発揮して「攻めちゃった」と笑顔を浮かべていたことが印象に残っている。ゴールこそ決められなかったが、惜しい直接FKを見せ、終盤には横浜FMの長身FW大島 秀夫(現ギラヴァンツ北九州)に空中戦で競り勝つなどアグレッシブな姿勢を貫き通した。

ここからの成長は詳しく説明するまでもないだろう。正式にFC東京の一員となった翌2008年5月に日本代表デビューを飾った長友は、同年に北京オリンピック出場を果たし、2010年のFIFAワールドカップ 南アフリカ大会後にイタリアへ渡ってチェゼーナの一員に。そして名門インテルの主力選手へと駆け上がっていった。このシンデレラストーリーのスタートが国立と三ツ沢の2試合だった。

長友のデビュー戦はヤマザキナビスコカップだった。
長友のデビュー戦はヤマザキナビスコカップだった。

話を戻そう。数々の名選手が成長のきっかけとしたヤマザキナビスコカップ。今回の横浜FMと川崎Fのゲーム、キラリと光る三好のプレーに目を引かれた。

チームメイトとのパス交換でスピードに乗ったまま狭いエリアを切り裂こうとする積極性、鋭いドリブル突破や正確なボールタッチは、18歳のそれとは思えないもの。前半終了間際には相手GKが後ろを向いたスキを逃さず、ハーフウェイライン付近からロングシュートを狙った。

三好自身は「狭いエリアで受けるように意識していました。そこで受ければチャンスを作れるし、自分でもできるという思いがあった。ロングシュートはユース時代にも決めたことがある形だったので、正直入るかなと思った。(初スタメンだったヤマザキナビスコカップ第4節の)ヴィッセル神戸戦は何もせずに終わってしまったので、今日は思い切ってプレーしようと思っていました」と振り返る。
今春のトップ昇格後、J1での出場は第4節アルビレックス新潟戦の1分のみ。前述の神戸戦もアウェイで見せ場なくハーフタイムに交代していただけに、多くのサポーターにはこの横浜FM戦が実質的に“お披露目”のゲームとなったとも言える。まだまだ線の細さを残すが、『三好 康児、ここにあり!』と強烈な印象を残したのは間違いない。U-12からの生え抜きで、各年代の日本代表に選ばれてきたホープが、ようやく自分のプレーをサポーターにアピールできたといったところだろう。司令塔の中村 憲剛も「高卒ルーキーであれだけできれば十分」と評価していた。

ただし、自らのプレーに満足していたわけではない。
「確かに持ち味は出せましたけど、ミスも多かった。今日は結果が欲しかった。フィニッシュの部分が雑になってしまうんですよね。(大久保)嘉人さんにはいつも『フィニッシュにつながるパスやシュートをもっとしっかりやれ。最後の最後で力が抜けてしまう』と言われているので、そこはもっと意識しなければと思っています。自分のいい部分を出すためには、悪い部分をなくすことが必要ですね。それが自分をレベルアップさせてくれると思うので」

ルーキーとは思えない堂々としたプレーを見せた三好。
ルーキーとは思えない堂々としたプレーを見せた三好。

次のU-20ワールドカップ、そして東京オリンピックを目指す世代の中心選手として期待される三好は、5月中旬から下旬にかけて行われたU-18日本代表の韓国遠征を「チーム事情」という理由で辞退していた。今回の横浜FM戦はその上で得たチャンスだった。
「U-20ワールドカップのアジア予選までそんなに代表の活動があるわけではないので、参加できなくて申し訳ないという気持ちはあります。自分は引っ張っていかなければならない立場だと思っているし、だからこそ次に呼ばれた時に何ができるかが大切。チームでよりレベルアップすることで代表に貢献したい」

経験豊富な先輩に囲まれ、成長を続ける若き逸材。春先にスピードの違いを感じていたルーキーは、月日が経つことで徐々にプロの水に慣れてきた。これからも日々練習を重ねることで少しずつ進化を遂げていくのだろう。試合後コメント、代表として活動、自らの立ち位置までをしっかりとした口調で語る18歳の将来が非常に楽しみになった。かつて同じ三ツ沢で長友のデビュー戦を目にしたように、もしかしたら後に語り継ぐべきゲームに出会えたのかもしれないとも思う。

ヤマザキナビスコカップ予選リーグは残り1節(スケジュールの関係で全日程を終了したチームもあるが)。9月からは決勝トーナメントがスタートする。タイトルを目指した真剣勝負に触れながら、若手選手がターニングポイントを迎える瞬間にも立ち会える。そんな大会の楽しみ方も一興だ。

結果を出した試合も、持ち味を出せなかった試合も、若手選手にとっては大きな財産となる。選手自身も見ている側もその場では気付かず、後に思い返して感じることもあるだろう。これからもしっかりと選手たちのプレーを目に焼き付けて思いを聞き出し、そして伝えていきたい。改めてそう感じさせられた三ツ沢の夜だった。