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[ 2005 ゆく年くる年:ベガルタ仙台 ]大晦日の仙台スタジアム
「アルゼンチンでは、こういうボランチが求められてだな…」
MF菅井直樹はシーズン序盤、都並敏史監督からこのようなことを言われていたという。「シメオネみたいになれ、ってことだったんでしょうかね」と菅井は回想するが、アルゼンチンに監督留学の経験を持ち、そこで理想のサッカー像を得てきた都並監督らしい。ただ、当初はそれを実際に構築する手段や経験に欠けていた。
しかし都並監督は、当初の理想はかなぐり捨てても、チームを良くするという信念だけは捨てなかった。選手からの意見にも柔軟に対応するようになったことで、選手たちにも自ら考え議論し発言していく気概が生まれた。秋口にはメンバーもほぼ固定。第4クールについに完成を見たチームが面白いように勝ち点を重ねていくと、シーズンの大半を監督に対する反目感情の中で過ごしたサポーターたちからの監督名のコールが仙台スタジアムにこだました。J1・J2入れ替え戦進出に向けて、残り1節の時点でチームは一つになった。だが最終節、追加点を得るための動きが遅れた監督の采配によって、チームはJ1・J2入れ替え戦進出を、そして監督は自らのポストを失った。
ここからは後日談になるが、都並監督の続投を支持する声はあった。采配やチーム作りに一定の成長が見えた点もあるが、無視できないもう一つの理由が監督の人間性である。
冒頭の菅井のエピソードには続きがある。解任が決まった後も、クラブハウスの風呂で菅井と一緒になった監督はこのような言葉で菅井にハッパをかけた。
「次はブラジル人の監督らしいな。いいか、ブラジル人が求めてくるボランチってのはきっと…」
人間味溢れる新人監督に率いられたチームは、それこそ極めて人間らしい浮き沈みを見せた。昇格こそ果たせなかったが、スペクタクルに満ちた思い出深い1年は、こうして暮れていった。
とはいえ来年はそうもいかない。チームは人事、予算面の双方で勝負に出ている。結果の前に、言い訳も感傷も入り込む余地のないシーズン。それがJ2で3年目となる仙台の2006年である。(text by 佐々木聡)2005年12月31日(土)




































