PLAYER選出メンバー
DF 21 伊藤 洋輝 ITO Hiroki
- 生年月日
- 1999.05.12
- 身長/体重
- 188cm 84kg
- FIFA開催大会
出場歴 - FIFA World Cup Qatar 2022
FIFA U-20 World Cup Poland 2019
- 経歴
- SANTOS FC SOCCER ACADEMY JAPAN→浜松蒲サッカースポーツ少年団→ジュビロ磐田U-15→ジュビロ磐田U-18→ジュビロ磐田→名古屋グランパス→ジュビロ磐田→VfBシュツットガルト (ドイツ)→バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)
2017年
ジュビロ磐田
世界基準の可能性を
秘めた未完の大器
※写真は2018年
Jリーグデビュー時の秘話
ジュビロ磐田U-18から鳴り物入りでトップチームに昇格したあとは苦労が続いた。特に途中出場した18年6月の天皇杯2回戦・中京大戦では、名波浩監督(当時)に厳しく指摘されるプレーに終わり、アピールに失敗。だが、そこから約2カ月半、「休みの日もボールを蹴る姿を見てきた」と名波監督が語るほど、サッカーと真摯に向き合い続けた。その姿勢が指揮官の目に留まり、同年8月のJ1第23節・柏レイソル戦でリーグ戦デビューを果たすことになった。
印象的なエピソード
出番をつかめずに苦しんでいた時期から「いずれは海外でプレーしたい」という思いを誰よりも強くもっていた伊藤洋輝。海外でプレー経験のある中村俊輔や大久保嘉人といった日本のレジェンドたちにも物怖じせずに自ら積極的にコミュニケーションをとり、スタンドから試合を観る際には二人の間に座ってサッカー観を培った。そのどん欲さは、若手のころから群を抜いていた。
2019年
名古屋グランパス
才能きらめく
大型レフティーの覚醒前夜
印象的なエピソード
ジュビロ磐田でチームメートだった大久保嘉人から「(当時名古屋グランパスで監督を務めていた)風間(八宏)さんのもとなら絶対にうまくなる」というアドバイスを受けて、名古屋への期限付き移籍を決断。“止める・蹴る”という基礎から見直し、日々の練習で成長を追い求めた。その姿勢はプレー面だけでなく、体のケアにもおよび、高価な器具を自費で購入するほど徹底していた。
印象的な“あのプレー”解説
名古屋グランパスでのリーグ戦初出場はシーズン終盤のJ1第30節・北海道コンサドーレ札幌戦。退場者を出し、2点を追う苦しい状況で投入された当時20歳の伊藤洋輝は流れを変えることができず、チームも最終的に0-3で敗れた。それでも伊藤が試合後に流した悔し涙がチームメートを奮い立たせ、続くJ1第31節・ヴィッセル神戸戦でチームは3-0で勝利。その勝点3がJ1残留につながった。
2020年
ジュビロ磐田
“世界のイトウ”へ
羽ばたく序章
ターニングポイント
最大の転機は、ボランチからセンターバックやサイドバックといった最終ラインにコンバートされた2020年。当時のフェルナンド・フベロ監督からケガ人が多かったセンターバックでの起用を打診され、188cmという体格と希少な左利きという特徴が指揮官が求めるセンターバック像にハマり、レギュラーの座をつかんだ。このコンバートがいまの飛躍につながっている。
印象的な“あのプレー”解説
2020年のJ2第11節・大宮アルディージャ戦で決めたプロ初ゴールは左足から放たれた豪快なミドルシュート。それが証明するように、中長距離からゴールを狙えるシュートレンジの広さが大きな武器だ。記念すべきその初ゴールは、相手GKから逃げるアウトサイド回転のかかった完璧なゴラッソだったが、本人は「少しダフっていた」と納得していなかった。