PLAYER選出メンバー
MF/FW 19 小川 航基 OGAWA Koki
- 生年月日
- 1997.08.08
- 身長/体重
- 186cm 78kg
- FIFA開催大会
出場歴 - FIFA U-20 World Cup Korea Republic 2017
- 経歴
- 横浜港北サッカークラブ→大豆戸FCジュニアユース→桐光学園高等学校→ジュビロ磐田→水戸ホーリーホック→ジュビロ磐田→横浜FC→NECナイメヘン(オランダ)
2016年
ジュビロ磐田
壁に挑み続けた
生粋の点取り屋
印象的なエピソード
2017年は、U-20日本代表として臨んだU-20ワールドカップで左膝の前十字じん帯断裂および半月板損傷という重傷を負い長期離脱。負傷から復帰した2018年も「自分の膝ではないような感覚がある」と、しばらく違和感に苦しんだ。練習量を増やせば、膝の状態が悪化してしまい、思うように状態を上げられない。この時期は、そんな歯痒さがつのり続ける“試練の時期”だった。
印象的な“あのプレー”解説
J1初ゴールは、2018年のJ1第31節・サンフレッチェ広島戦だった。2-2で迎えた後半アディショナルタイムにジュビロ磐田がPKを獲得。本来ならPKのキッカーを務めるはずだった川又堅碁がすでに負傷交代していたこともあり、小川に絶好の機会がめぐってきた。PKを蹴る直前に主審から成功、失敗にかかわらずこれがラストプレーになると告げられ、その状況を「おいしいと思った」という小川。このころから超一流の“ストライカーメンタル”をもっており、PKもしっかり成功させて、チームを勝利に導いた。
2019年
水戸ホーリーホック
ついに訪れたスター
覚醒のとき
印象的なエピソード
「90分間試合に出ることが多くなった。プロに入ってからこうやって試合に出続けることはなかったので、本当にいい経験ができた」と、水戸ホーリーホックで得たものについて語っていた小川航基。そして、「オフの過ごし方にも気をつかうようになった」とも。体のケアをすることはもちろん、趣味の釣りにいくなどメンタルをリフレッシュさせることの重要性もこの時期に学んだそうだ。
ターニングポイント
2019年のシーズン途中に、昇格争いを繰り広げていた水戸ホーリーホックに育成型期限付き移籍で加入。だが、最終的に得点1の差で7位に終わり、J1参入プレーオフ進出を逃した。「1点を取れなかったのは、間違いなく僕の責任。自分の力不足」と自らを責め、「大事なところでゴールを決められる選手になるというのが自分の目標」と悔しさを糧にストライカーとしてさらなる進化を誓った。
2020年
ジュビロ磐田
チームのために
戦えるストライカーへ
印象的なエピソード
若手のころはとにかくゴールへの執着心が強かった小川航基。ただ、水戸ホーリーホックへの期限付き移籍を経て、監督が求めるタスクを表現することの重要性を認識し、ゴールだけにとらわれていた自身の考え方をあらためたという。この時期はサッカー観にそのような変化が表れ始めたころで、守備に対する意識も見違えるように高まっていった。
ターニングポイント
水戸ホーリーホックで試合に出続けるサイクルを経験し、2020年にジュビロ磐田に復帰すると、開幕戦で2ゴールと大暴れ。憧れの9番を背負い、新エースとして最高のスタートを切った。ただ、その直後にコロナ禍の影響により、リーグ戦が中断。自炊を始めるなどコンディションの維持に努め、もがき苦しみながらも最終的にチーム2位となるJ2リーグ戦9ゴールを挙げた。
2022年
横浜FC
開花したハマのエース。
W杯得点宣言
印象的なエピソード
2023年夏、NECナイメヘン(オランダ)移籍の壮行セレモニーで「次に日本に帰ってくるときは、必ず日の丸を背負って帰ってきます」と宣言し、その言葉どおり、その後日本代表入りを果たした。普段の取材でも「〜したい」ではなく「〜する」と言い切り、自らの言葉に責任を持ち続けた小川航基。今度は「次のワールドカップで点を取る」という宣言を、現実のものにしようとしている。
印象的な“あのプレー”解説
2022年のJ2第4節・水戸ホーリーホック戦。2-2で迎えた84分、コーナーキックのチャンスで投入された中村俊輔のクロスを頭で合わせ、勝ち超し弾を奪取。勝利の立役者となった。絶妙なタイミングでマークを外し、ヘディングで決め切る――。シーズンとしては2ゴール目だったが、小川航基の代名詞と呼べる形を、ホーム・ニッパツ三ツ沢球技場で初めて見せた。