ある日の囲み取材のときのことだ。反町康治監督がチームのスケジュールについて話している際に、こんなくだりがあった。
「(前略)トップの選手は――トップという言い方はおかしいな、試合に出ている選手は……(以下略)」
訂正の意図はすなわち、試合に出た/出なかったという違いはあっても、トップとサブとかAチーム/Bチームといった区別はないということだろう。ポジションを問わずどこからでも点を取れる、実際に取っているサッカーはその実、特定の誰かに頼らないことを示し、つまりはすべての選手に可能性があるという意味をも包んでいる。
平等に与えられた可能性は競争意識を刺激する。指揮官は、「チーム内の競争があってこそ相手との競争がある」とも語った。奇しくも選手会長の田村雄三が、あるときこんなふうに口にしたものだ。「たとえばセットプレーなど、紅白戦が一番怖いですよ。みんなマークも身長差も乗り越えようと激しくきますから。練習に緊張感があるから試合で集中できているんです」。公平で厳しい視線が自ずとチームの士気を喚起し、練習の密度をより濃くし、「誰が出ても点を取れるサッカー」を紡いでいる。
ちなみに、馬入グラウンドの囲み取材は、いわゆる文字通りの「ぶら下がり」ではなく、チームがベンチをこしらえてくれて、監督と対面するかたちで行なわれている。さらにちなみに、ベンチはレディファーストである。暴れん坊も紳士の嗜みコレ大事。
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2009.05.16 Reported by 隈元大吾













