2004年2月21日(土)
15:00 KICKOFF 長居スタジアム
U-23日本代表 2−0 U-23韓国代表
とにかく何でもいい。そこにある何かを「美しい」と表現するとき、その意味は幾通りか存在する。
たとえばある目的を成し遂げる時に、一見無駄だと思われる「何か」があるとする。しかしその「何か」が何らかの理由(たとえば積み重ねてきた歴史だったり、たとえば第三者による評価というもの)によって価値を持ったとき、人はその無駄な何かに様式美を見出すことがある。
その反対に、ある目的を果たすために行う「何か」が一切の無駄を持たず、成果を得るために直線的に実行されるとする。いわゆる「あそび」が存在しないその何かからは、えてして無骨な印象が感じられるものだ。ところが純目的化を果たすことで極限まで無駄なものがそぎ落とされた結果、その何かが無骨なものから洗練されたものへと昇華することがある。そのような何かに対して人は、「機能美」という称号を与えることがある。
美しさというものは価値であり、ある価値を目の前にした人間は、感情に対して謙虚になる。人が何かに喜びを見出すのは、そんな瞬間だ。謙虚な感情が喜びとして表出したとき、それはパッションになる(できれば日本語での表現が可能な外来語は、厳密に意味を伝えるために日本語を使用したいが、この言葉に関してはあえてパッションという言葉を使いたい)。アテネ五輪に向けたアジア地区最終予選を目の前にして、韓国を迎えておこなわれたこの壮行試合には、パッションが確かに存在した。幾多の機能美とともに。
たとえば、ボールを持つU23韓国代表選手に対するディフェンスに目を向けてみよう。きっちりと約束を履行した上での囲い込みの末にU23日本代表が見せたのは、一人の韓国人選手に対する複数の、時には3名にも上る選手による徹底的な圧力と、それによって実現するボール奪取だった。それ自体は、どこにでもある戦術ではあるが、この日のU23日本代表が見せた守備は、模倣品の域を超えた独自の美しさがあった。
たとえば山本監督はこの試合後に、攻守の切り替えの早さについて言及した後に「韓国のやり方にあわせるのではなくて自分たちのやり方を貫こうとした」と明言した。その言葉の裏にあるのは、自分たちの能力に対する妥協を排除する姿勢であり、それがこの試合に美しさを与えていた。
囲い込みによって人数をかければ、ボールを奪うのは容易になる。ところが狭い局面に多くの選手が存在することによってスペースが消され、ボールをキープするのが難しくなるという問題が生じる。しかしU23日本代表はボールを奪った直後の難しい局面でも確実にボールをキープする術を持っていた。
サッカーの本質を表現する言葉の中に「サッカーは陣取りゲームだ」というものがある。たとえばボールを自陣でまわす限りにおいて、そのチームには100%確実に勝利はありえない。採点競技ではないサッカーは、得点を取らない限り勝利はないのだ。そして得点は、相手のゴールにより近づいて初めて、それが生まれる可能性を増大させていく。つまり相手の陣地を侵食し、相手のゴールにより近づくことが勝利への近道となる。
では、相手のゴールを陥れるという目的を達成すべく敵陣深く攻め入ろうとしたとしよう。そのとき、そこには、対戦チームの選手たちによる徹底的な抵抗が待っている。その抵抗を回避し、なおかつ確実にボールをキープするための方法論はいくつかある。それらの方法論の中からこの日のU23日本代表が採用し、格別の光を放っていたのが、ボール保持者に対する3番目の選手のフリーランニングであり、それを利用したダイレクトプレーの連続の末の相手守備網の破壊だった。
あたかも潜在意識下にまで浸透した共通意識。つまり相手守備陣の破壊とそれによって達成される敵陣への浸透という目的を果たすために、少ないボールタッチによる連続したパスによってボールを前に運ぼうとするU23日本代表の攻撃には、洗練され、純目的化したあるものが宿っていた。つまり、機能美だった。
長居がパッションで沸きかえった。
結果としての2−0は、100%の満足を与えていい。なぜならば、前出の山本監督の言葉にもあるとおり、宿敵韓国に対して日本のいいところを出し切った上での勝利だったためだ。しかし、もちろん内容に関しては改善すべきポイントは多々ある。試合後に山本監督が口にした反省点の中で、特に重大な意味を持たされていた言葉として「コミュニケーション」というものがある。たとえば、鈴木啓太自身が反省点として口にした決定的なミスや、闘莉王のオーバーラップ後に生じるディフェンス面での不安は、コミュニケーションを積み重ねることによって解消されるものだ。それはいわば、機能美を追求して生み出された鋭利なナイフの上に生じた、わずかなサビのようなものだろう。そしてそのサビは、ナイフの奥深くにまで浸透したものでは決してなく、適切な対処によって取り除けるものだ。
U23日本代表が、この試合で奏でて見せた重厚な調和の中に存在するかすかな不協和音は、このチームの熟成過程の中で消化され、調和の深みを増すスパイスになりうるものだろう。そしてそれはつまり、U23日本代表が持つ、成長の可能性を示唆するのである。
最終予選を前にすべての親善試合の日程を終え、彼らはいよいよ戦いの場に足を踏み入れる。命のやり取りがそこにあるわけではないが、国の名誉を背負って戦う彼らに勇気を与えてほしい。彼らは、まさに戦場へ赴く。そして戦地での戦いを終えて本国へ帰還した彼らに、熱烈な声援を送ってほしい。その応援の先には、アテネでの熱戦が待っており、さらにはそう遠くない将来での、フル代表としての活躍が待っている。そしてそれが現実のものになった時、つまり、このU23日本代表のメンバーがフル代表の中心を担うようになった時、この日の長居に集まった38,601名の観客は胸を張って自慢するのだろう。
「オレは、あのパッションに満ちた試合を見たんだ」と。
彼らは、チームとして巣晴らしいパフォーマンスを見せた。そしてそれは後世に語り継がれるものになるだろう。
最後に松井大輔について書いておきたい。そもそも、彼が持つ能力と、高度に組織された集団との親和性は決して高いとはいえないと考える。つまり組織にとって、彼の存在が無になる可能性を否定できないのだ。しかしこの日の松井のプレーには、確かに美しさがあり、結果に対する意味があった。彼の足は多くの魔法を生み出し、長居がパッションにゆれた。おそらく彼の魔法を目の当たりにした人の多くは、それを優美(エレガント)と評し、そのプレーの美しさを賞賛するはずだ。最終予選に向けてU23日本代表が手にした松井という切り札は、有効に機能すれば強烈な効果を生み出し相手を奈落に突き落とす力を持っている。
さまざまな能力を持つ選手たちが共存するこのU23日本代表は、とてもおもしろいチームだ。
2004.2.22 Reported by 江藤高志
以上
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一覧へ【U23日本代表−U23韓国代表戦レポート】そこに存在した機能美と調和の中の不協和音、そしてチームが持つ大きな可能性(04.02.22)













