最終戦を飾っても、素直に喜べない。3年前の世界ユース選手権と同様の、何とも言えない感情がピッチを覆った。
2連敗で1次リーグ敗退が決まっていた日本にとって、ともすれば意味を探すのが難しい試合だった。だが、前向きにピッチに立った。自分のため、将来のために。
慎重な立ち上がりでミスを犯した過去2戦とは一変する、開始からの積極性だった。けん引した一人が、初めて五輪の舞台に立つ機会を与えられた石川。躍動感あふれる突破を右サイドで仕掛ける。「ぼくの良さをもう一度、表現したかった」
ボランチで初出場した菊地も同じだった。過去、17歳以下世界選手権、世界ユース選手権と、世界大会をステップアップの場としてきた19歳にとって、五輪は経験しなければならない場所。わずか90分間だったが、大久保の決勝点を見事にアシストし、「通用するもの、通用しないものが分かった。しかし、1、2戦の真剣勝負を経験できず、悔いが残った」。苦みを含んだ経験は、この先につながるはずだ。
2年前の8月13日、30人が招集されて静岡県御殿場市でアテネを目指すチームは産声を上げた。あれから736日。山あり谷あり、厳しい目にさらされることも少なくなかったが、山本監督は、「それも成長の糧として、選手は挑戦し、成長してくれた」と言う。
選手には今後も「最終戦」のない戦いが待ち受ける。この日、最後に見せた輝きはその糧となろう。(ボロス時事)
[時事通信社]













