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【J2:第44節】仙台 vs 横浜FC:ベルデニック監督(仙台)記者会見コメント(04.11.27)

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11月27日(土) 2004 J2リーグ戦 第44節
仙台 1 - 1 横浜FC (14:04/仙台/15,101人)
得点者:'7 マシュー(横浜FC)、'88 シルビーニョ(仙台)
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●ベルデニック監督(仙台):

「選手たちは非常に頑張ってくれた。100%の力を出したと思う。プレーのクオリティという意味では満足できたが、最後の部分、相手を崩すという意味では満足できなかった。
 失点は不運なものだった。チャンスではない部分から失点してしまった。そしてそれで相手は下がってしまい、こちらは密集の中で攻めなくてはいけなくなった。2ヶ月前までであれば、そこを崩していけるのがうちの強さであったのだが、今日はそれができなかった。これはサッカーでは一番難しいことなのだが、ボールを動かして、密集の中でチャンスを作ることができなかった。
 こういう状況ではやはり、我慢強くプレーしなくてはならない。簡単にセンタリングを上げたり、やみくもにシュートを打つというのではなく、我慢強く相手を崩すことにチャンレンジしなくてはいけなかった。強引にやろうとした部分が多かったと思う。
 チームとして以前の調子を取り戻せていないが、選手にはそれに対して注文をつけることもない。非常に頑張ってくれた。サポーターも満足してくれたと思うし、相手ゴール前でたくさんプレーできたと思う。
 もちろんあれだけリスクを犯して前へ出ると、後ろにスペースを与え、カウンターを食らう危険もあったが、運よく食らうことはなかった」

Q:6位という成績について、どのように受け止めているか?
「私はこのチーム、コーチングスタッフ、そしてクラブの全ての人を誇りに思っている。完全に新しいチームとしてスタートした中で、このようなプレーができたことには本当に誇りを持っている。
 今シーズンは全く新しいチームとしてスタートした。高卒、あるいは大卒の選手、J1、J2の控えだった選手、そしてもともとこのチームに残っていた選手、彼らで新しいチームを作らなくてはいけなかった。
 その意味でこのチームは100%出し切ったと思うし、それがこの結果だ。
 昨年降格した時は、2つの可能性があった。1つはすぐに良い選手を補強し、かつ当時在籍していた一番良い選手を残す。例えば京都がやったようなやり方だ。その中でJ1復帰という目標を掲げる。もう1つのやり方としては、新しいチームを作っていくということ。大型補強をするのではなく、まずどういった選手が残っているのか確認しながらやる方法である。
 この2つ目のやり方については時間がかかるが、より安定したチームを作ることができる。今年クラブとしては、1つ目の方法で立てるような目標を立てた。しかし実際やったことは2つ目のやり方だった。目標と現実的な力の差が大きかったとは思う。
 ただ私のこれまでの日本での経験から言うと、クラブのこうした方針に対しては、あまり異を唱えてはいけない。そういうことを言うと今度は『自分のチームを信用していない監督だ』などと言われてしまう。
 以前も言ったが、やはり自分のチームにどういう選手がいるかというのを、確認しなくてはいけなかった。

 このチームがシーズン序盤に大敗して、しかし結局6位で終わったということは、6位からスタートして1位になる可能性もあるということ。チーム内で良い人間関係が作れたこと、それを非常に嬉しく感じている。スタッフ、選手の中でそれぞれ尊敬の関係があった。一緒に仕事をした全ての人と、互いに良い関係が作れたということだ。このチームはここから伸びていく、すべての環境は整ったと思っている。

 もう一つ言えることは、チーム全体、もしくは選手個々が成長したということだ。あとは、今やっているコンセプトというものをしっかりと続けていく必要があるだろう。ここで全て変えてしまうと、また一からやり直しということになってしまう。それがまたうまくいかなかったとしたらまたやり直しということになると、例えば以前J1にいたことのあるチームが、今(J2で)いるポジションになってしまうということだ。

 私のコンセプトは、プレーのクオリティを高めることと、選手の人間性を高めること、その両方に基づいていた。相手を崩していく近代的なサッカーをするには、非常に強いパーソナリティが求められる。しっかり自立していること、決断力があること、自信があること、イマジネーションを持っていること、すべて近代サッカーで必要な要素だが、日本の社会ではあまり表立って出てこないような要素。そういうところ(を変えること)にチャレンジしてきたし、そのためにいろいろなコミュニケーションを図った。

 もしそれがクラブの中で理解されないのだとすれば、外から見たらなおのこと、何をしているのか分からない、そんな状況だったと思う。市原でも名古屋でも私のやり方を理解してくれて、チームは上昇した。ただ私の印象では、ここではあまり理解されなかったのかなという気はする」

以上
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