2006年ドイツワールドカップでのジーコジャパン惨敗直後の7月、ボスニア人の知将、イビチャ・オシム監督が就任した。中田英寿や中村俊輔(セルティック)のような世界を知る者たちを集めても、世界の壁はどこまでも高い。ならば、日本サッカーは一体、どういう方向へ進んでいけばいいのか…。この時期、誰もがそう悩みはじめた。
そのような状況において新指揮官が打ち出したのが「考えながら走るサッカー」だった。
「今のサッカーは走らなければできない。私は3年半ジェフにいたが、走れない人は試合に出られなかった。一口に『走る』と言っても、大事なのは質。走りの全体量では日本人は強豪国に負けていない。まだまだ無駄走りが多いのだ。だからこそ、もっと効率のいい走りを追求しなければならない」と。
自身の哲学に基づいて、指揮官は過去の実績に囚われない選手選考を次々と行う。ジーコ時代に重用されたベテランの多くが外れ、佐藤寿人(広島)や羽生直剛(千葉)ら小柄でもスピードと運動量のある選手が数多く抜擢されるようになった。アテネ五輪代表から最後の最後で落選した鈴木啓太(浦和)やドイツワールドカップにおいてフィールドプレーヤーで唯一、試合に出場できなかった遠藤保仁(G大阪)など、過去の屈辱をバネに頑張れる人間にもオシム監督はチャンスを与えた。そして「調子がいい者は呼ぶ」というポリシーもしっかりと実践。Jで得点を量産した播戸竜二(G大阪)らに加え、若く伸び盛りのU-19日本代表の梅崎司(大分)らを続々と招集。周囲をあっと言わせた。
この効果はすぐさまJリーグ全体に表れる。ジーコ時代は一握りのスターだけが代表入りしていたため、「どんなに頑張ってもムリだろう」という諦めムードが選手たちに漂っていた感はあった。けれどもオシム体制発足後は「Jリーグで活躍していれば自分も呼ばれるかもしれない」と公言する選手が増え、リーグ全体が活性化する。「考えながら走ること」の重要性を再認識したチームも多い。ブラジルスタイルのパスサッカーをJ発足時から貫いてきた鹿島アントラーズなども、夏以降は運動量が増えてきたし、天皇杯4回戦でヤマザキナビスコカップ覇者・ジェフ千葉を破ったコンサドーレ札幌なども機動力あふれるサッカーをしていた。このような変化もオシム効果と言えるだろう。
年代別代表もオシムイズムを受け継いだ。オシムジャパン発足と同時に立ち上がった反町康治監督率いるU−21代表は、全く同じコンセプトでチーム作りが行われているし、吉田靖監督率いるU−19代表も「ボールと人の動くサッカー」を実践。タフな環境下でアジア予選を突破し、世界への挑戦権をつかんだ。五輪世代やユース世代からA代表に抜擢される者が出たことから、刺激を受けた選手も少なくない。
そんな選考方法の結果として、川口能活(磐田)らジーコジャパンからの残留組、鈴木らアテネ五輪復活組、播戸や羽生など遅咲き組、そして梅崎や伊野波雅彦(FC東京)ら若手組…という4カテゴリーの選手たちがオシムジャパンを構成するようになった。指揮官は彼らを横一線に並べ、同じように複数色のビブスをつけさせ、攻守の切り替えや効率いい走りの重要性などを徹底的に植えつけた。一方でポリバレント(多様性)を追求。今野泰幸(FC東京)にDFをやらせたかと思えば、駒野友一(広島)は両サイドにセンターバックと3つのポジションを課した。
当初は模索が続き、9月のサウジアラビア・イエメン戦などでは決定力不足を露呈してしまう。メディアからは「欧州組を呼ぶべき」といった論調も飛び出した。しかし老将は「今は日本にいる選手だけで何ができるかをしっかりと見極めるべき」と自分の考えを絶対に曲げなかった。
代表メンバー発表会見を止めて招集前日か当日にリストを出し、選手を集めていきなりトレーニングを実施するとか、海外遠征のチャーター便使用やコック帯同をやめるとか、深夜0時半から練習を始めるなど、オシム流はあらゆる面でサプライズをもたらした。「ジーコはある意味、選手のコンディションを第一に考えてくれたけど、トルシエとかオシムさんは自分の確固たる考えを持っている。オシムさんのやり方は厳しいけど理にかなっているし、ここでやっていけば力が必ずつく」と遠藤も言う。彼らはつねに緊張感を持って代表での活動に臨んでいる。
こうしてオシムジャパンは発足から4ヶ月の時間を費やしたわけだが、その成果は確実にゲームに表れてきている。10月のインド戦(バンガロール)の前半は指揮官が理想とする「パスサッカー」で完全に相手を崩したし、11月のサウジアラビア戦(札幌)でも敵地で敗れている相手に危ない場面をほとんど作らせず、中盤を支配。効率のいいサッカーで3得点を奪った。
「インド戦よりよくなかった。立ち上がりはミスが多くてイライラしたし、後半は時間が経つにつれてフィジカルの問題が出た」と指揮官はサウジ戦後の会見でまたも苦言を呈したが、勝っている時ほど気難しくなるのがオシム流なのかもしれない。老将はチームの前進を実感しているはずだ。
「2006年いっぱいは国内にいる選手たちでベースを作る」という考えで始めたチーム強化。まだまだ改善点は多いが、今のところ及第点の与えられるレベルで進んでいるのではないだろうか。
アジアカップ本大会の行われる2007年は勝負の年になる。3大会連続アジア制覇のかかる重要な年に向けての下地作りは、すでに年内のJリーグ終盤戦、天皇杯から始まる。J1、J2に関わらず残る1ヵ月半の間に目覚しい働きを見せる者が出現すれば、オシム監督は必ず次の機会に日本代表入りさせるだろう。そういう意味でも、2006年終盤戦の戦いは見逃せない。
来年のオシムジャパンは2月の国内合宿から始動する見通しという。合宿中にはJリーグクラブとの練習試合も組まれる模様で、Jリーグとの二人三脚はこの先も続いていく。そして3月下旬には韓国代表との親善試合が組まれる予定。その舞台に立てるのは当然、新シーズンのJリーグで活躍する選手だけだ。欧州組を招集するか否か、招集するならいつなのか…などのテーマも含め、新たな年の展開が今から非常に興味深い。
2006.11.16 Reported by 元川悦子
J’s GOALニュース
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