西野晃平が引退を決めた。発表があったのは12月11日(土)、ファジアーノ岡山の報告会当日。西野は日本文理大学卒業後の05年、大分トリニ−タに加入。期限付き移籍で06年から水戸で、09年から岡山でプレーした。そして2010年12月、プロ選手としての生活を6年間で終えた。
何か漂ってくるものがある選手だった。炎は高温になると赤色を抜け出して青みを帯びるが、試合直後は、そんな静かで高温のオーラが彼の周囲から消えていないこともあった。しかし本能的FWという印象はなく、選んだポジションに従事するプレーヤーだった。前線からのプレス、「僕はつぶれて、つぶれちゃってよくて」と味方にボールを落とすポストプレー、セットプレーの守備ではヘディングでクリアするシーンなど、献身的なプレーが多かった。
昨年は51試合のうち34試合に出場し、9得点を挙げた。2009シーズン第34節・アウェイ甲府戦では、相手DFに何度もヘディングで競り勝ち、抑え込まれることなくシュートを打ちこんだ。次の第35節・ホーム熊本戦では、「裏へ抜け出しながら逆サイドに流し込むストライカーとしてのプレー、クサビで起点となる動きを自信を持ってやっていた」(当時の監督・手塚聡氏の試合後のコメント)。2点を決めたこのゲームで、西野は55分に負傷退場する。しかしゲーム終了後もピッチサイドにいて、チームメイトと健闘をたたえあい、握手を交わした。この時の怪我は、左脛骨顆間隆起骨折(全治6ヵ月)だった。
2010シーズンは、開幕・アウェイの愛媛戦でPKを決めて今季初ゴールを挙げる。そして第37節・アウェイ柏戦の後半26分、「コウジ(野田紘史)がいいボールを落としてくれたから、思いきり入れるだけだった」シュートで、このゲームをドローに持ち込んだ(動画)。怪我とリハビリの日々については触れまい。ただ、引退を決意したのは、今季最終戦の頃だと言う。柏戦の翌日、サテライトリーグでのゲーム中に負傷。「怪我がきっかけというと…あんまり良くないんですけど、きっかけと言えばきっかけです」。
選手の移籍情報が毎日届くこの季節、それぞれの新天地での活躍を思い描けば、送り出すことは難しくない。しかし、西野晃平の引退は、鋭利なナイフが何本か突き刺さったままの胸でため息をつく心地だ。練習場からワクワクさせてくれた、相手DFを交わす身体の使い方をもう2度と見ることが出来ないと思うと胸にこたえる。あの柏戦での巧いゴールをラストゴールにしたのかと思うと、西野晃平らしいなと涙がにじんでくる。
11日の報告会後のインタビューで、「まだやめるという実感はないんですけど、今日皆さんから『お疲れさま』と声を掛けられて、終わったのかなという感じがしました。ただ悲しい感じではなく、そういう声をもらってうれしかった。いろいろとあった6年間は僕の中では長く、充実したものでした。2年前に加入した岡山は新しいチームで、僕自身も前向きに挑戦することの出来るチームでした。ほかのどのチームにも負けない、熱い声援をありがとうございました。サッカー人生の中で、岡山でプレーした2年間は、充実した、いい経験となりました。これからの人生に役立てていきたいと思っています」。今後については、「未来のJリーガー、選手を育てる仕事に携われたら、と思っています。サッカーに携わっていれば、どこかで皆さんには必ず会えると思います」。この言葉を胸に、ため息とはお別れだ。
西野晃平のプレーは、思い返すと、音楽が流れてくるようなプレーだった。
以上
★【J2日記】のバックナンバーはこちら
2010.12.13 Reported by 尾原千明
J’s GOALニュース
一覧へ【J2日記】岡山:西野晃平選手の引退(10.12.13)
今季開幕戦(愛媛戦)でゴール(PK)を決めた西野晃平選手。
水戸には2006年から3年間籍した。写真は2007J2第13節東京Vvs水戸戦より。
2004年、大学在学中に特別強化指定選手として大分トリニータに登録され、2005年に大分に加入した。写真は2005年J1第20節大分vs柏戦より。













