10月29日(土) 2011 ヤマザキナビスコカップ 決勝
浦和 0 - 1 鹿島 (13:10/国立/46,599人)
得点者:105' 大迫勇也(鹿島)
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選手たちは最後まで勝負をあきらめていなかった。誰もが死力を尽くして走り続けた。全身全霊を傾けて戦う姿は見ている者の心を揺さぶるものがあった。ただ、鹿島との間にはスコアほど小さくはない力量差があった。「アントラーズさんの方が試合運びは一枚上だと感じた」とは堀孝史監督の弁だが、ピッチ上で実際に戦った選手たちも彼我の差を感じていた。
11人対11人で戦った前半は互いにチャンスを生み出し、拮抗した展開ではあったが、序盤からすでに両者の違いは見て取れた。浦和が運動量をベースに人数をかけて鹿島の守備をこじ開けようとしたのに対し、鹿島は相手の嫌がるポイントを的確に突いて揺さぶってきた。ボクシングに例えると、浦和は相手のガードなどお構いなしに全力でブロックの上からパンチを浴びせたが、鹿島はガードの薄いところを探ってパンチを滑り込ませて当てていた。
「鹿島はボールの回し方がうまかった。僕らも回してはいたけど、向こうは状態がいい時にクサビを打ってくる。僕らは厳しい時に打って、相手に取られてディフェンスするという状態が続いていた。そこが相手と違っていた」(永田充)
時間の経過とともに浮かび上がってきたのは、鹿島の試合運びの巧みさだった。たとえば、浦和が守備時に前からあまり取りにこないのを見て取ると、鹿島はセンターバック2人とボランチの柴崎岳の3枚でビルドアップして、両サイドバックが高い位置を取るようになった。浦和はエスクデロ セルヒオを頂点に3枚でパスコースを塞ぐ形を取っていたが、鹿島の後方3枚は浦和の3枚が自分たちの動きに合わせてポジションを修正した瞬間を逃さず、外でフリーになったサイドバックにパスを通し、そこを起点に攻撃を組み立てていた。
特に守備のポジション取りがうまいとは言えない原口元気のサイドがよく狙われ、新井場徹がいい形でボールを持つシーンを何度も作られた。守備で後追いを強いられた原口は攻守が入れ替わっても高い位置で攻撃に絡めなくなり、「前向いてボールを受けられなかった。そういうシーンがなくて、守っている時間が長かった」と唇を噛んだ。
鹿島は何をすれば相手が嫌がるかということがよくわかっている。センターバックとサイドバックの間を意図的に狙うというのもその1つだ。サイドバックの裏とセンターバックの横にできるスペースは4バックの泣きどころで、そのエリアで相手がボールを持った際、自由にしておくわけにはいかないのでセンターバックが対応することになるが(サイドバックは後ろを取られる形なので間に合わないことが少なくない)、そうすると今度は中央に危険なスペースができてしまう。かといって、サイドバックが裏を取られるのが嫌だからと前にプレッシャーをかけにいかないと、そこで自由にクロスを上げられてしまう。
その守備の二択を相手に迫る鹿島の手口は慣れたものだった。「すごい嫌だった。前に潰しにいこうとすると裏を取られるし、常に両方ケアしていないといけなかったので、非常に疲れた」と永田はその対応に苦慮したことを認めている。
互いに退場者を出して10人対10人になってから、浦和と鹿島の差はより鮮明となった。スペースが広くなった分、相手を揺さぶった際にできる隙は大きくなるので、仕掛けの巧拙が分かりやすくなった。鹿島は1人が下がってボールを受ける動きをすれば、もう1人は裏を狙う。一方のサイドでゲームを作りながら、逆サイドでは誰かがサイドチェンジに備えて的確なポジションを取っている。どれもサッカーの定跡ではあるが、鹿島には当たり前のことを当たり前にできる強さがあり、今の浦和にはそれが欠けていた。
浦和は数的不利で戦っていた時間が30分程度あり、体力的な条件で不利だったのは間違いない。だが、そういった側面を考慮しても、展開の質、動き方の工夫そのものに差があったのも事実だ。「相手が退場してからも相手が1人多いかのような試合だったので、それが負けた原因だと思う」と柏木陽介もその差を痛感していた。
勝負どころでの姿勢の違いも、明暗を分けた要因になったのかもしれない。浦和は数的同位になっても受け身のままで前になかなか出られなかった。「それまで一人少ない状態のなか、うまく凌げていた部分があり、まずはそれを継続していきたいという思いがあった」(堀監督)
一方、鹿島はボールを前から奪いにいった。最終ラインの動きを見ても両者は対照的だった、浦和は4枚が残る形が多かったが、鹿島はサイドバックが積極的に攻撃に関与した(それも本職ではない柴崎岳やフェリペ ガブリエルを使って)。そして大迫勇也、興梠慎三、田代有三とFWを3枚残す強気の態度で戦うと、決勝弾は奇しくもこの3人の絡みで生まれた。「幸運の女神には前髪しかない」ということわざがあるが、鹿島は前髪をつかむために勇気を持って前に出ていた。
「勝負どころを知っているし、経験値は向こうが上。乗り越える何かがないと勝てない」。残念ながら、鈴木啓太が決戦前に話していたことが現実となってしまった。ただ、若い選手が決勝という大舞台で積んだ様々な経験は決して無駄にはならないだろう。試合後の表彰式、浦和の選手たちは険しい表情を浮かべながら鹿島が優勝に歓喜する姿から目をそらさなかった。「相手の顔を見る」とみんなで誓っていた。この日の悔しさを心に焼き付け、成長の原動力にしていくつもりだ。
以上
2011.10.30 Reported by 神谷正明













