熊谷陸上競技場の空気が一変した。前半38分、鳥栖がカウンターから早坂良太がDFとキーパーの間に送ったクロスに、金民友が勢いよく突っ込んだ。飛び出した北野貴之がボールを処理するが、スピードを落とさずスライディングしてきた金の膝が北野の頭を直撃する。のたうち回る北野。目の前での惨劇に騒然とする大宮ゴール裏。激高した下平匠が金につかみかかり、両チームの選手がその地点に殺到した。北野は頭を押さえたまま起き上がれない。レッドでもおかしくないプレーだったが、金にはイエローカードが提示され、大宮は江角浩司へキーパー交代を余儀なくされた。
それまでは退屈な前半だった。鳥栖のアグレッシブな守備と速いカウンターを警戒した大宮・ベルデニック監督が「相手に近い形でのプレー。背後にスペースを与えず、逆にカウンターをねらう」ように指示したことで、互いに自陣に引いてロングボールを蹴り合う展開。大宮はチョ ヨンチョルのスピード突破、鳥栖は藤田直之のロングスローしか見せ場がなかった。時間を追うにつれて試合は完全に膠着し、前半のシュートは大宮が1本と鳥栖が3本。決定機は、大宮がヨンチョルが裏へ飛び出してのクロスがファーに流れ、カルリーニョスがループ気味にねらった場面と、鳥栖がコーナーキックから岡本知剛のクロスに呂成海がフリーで合わせた場面の、それぞれ1回ずつ。客席にはビールの酔いも手伝って寝てしまっているお父さんもいる始末だったが、その目を覚まさせたのが冒頭のシーン。さらには45+1分に、ルーズボールへの競り合いで岡本が遅れてスライディングに行って警告を受ける。ヒートアップする大宮サポーターの罵声と、選手をかばう鳥栖サポーターのコールが入り乱れ、不穏な空気すらたたえて前半が終了した。
後半に入っても、ピッチ上の互いに低調な流れは変わらない。特に大宮がファウルで止める場面が多く、57分には河本裕之が警告を受けて、今度は鳥栖サポーターがヒートアップ。その前後、連続したファウルとロングスローで鳥栖が大宮をゴール前に釘付けにした時間があり、そこで点を奪えていればこの試合、鳥栖が制したかもしれなかった。
ただ、大宮にとってケガの功名だったのは、交代出場した江角はハイボールの処理とその守備範囲に自信を持っていたことだった。「クロスやロングスローも、自分がしっかりキャッチして終わることで相手の流れを断ち切れる」(江角)との言葉通りのプレーを見せ、2次攻撃、3次攻撃を防ぎ、鳥栖に完全に流れが傾くのを阻止した。
そして62分、この日の主役がピッチに送り出される。後半はうまくボールに絡めず、試合から消えてしまっていたヨンチョルに代わって、渡邉大剛が登場。「監督には『相手の中盤の間で、慶悟とカルリーニョスとノヴァとなるべく近い距離でプレーするように。そこでのコンビネーションで相手を攻略していこう』と言われて入った」という渡邉が、最初のプレーで大きな仕事をする。左サイドからのカルリーニョスのフリーキック、鳥栖のクリアが逆サイドに流れたボールを拾って左足でクロスを送ると、残っていた菊地光将が高いジャンプからのヘディングをゴール左隅に流し込んだ。
イライラを募らせていたオレンジのサポーターの歓喜が爆発し、先制した大宮はその1点を守るのではなく、アグレッシブに前に向かい続けた。その中心にいたのは渡邉大剛だった。「大剛が入ってボールを落ち着かせることができた。相手にスペースができ始めたところで、うまくボールを引き出してくれた」と金澤慎が語るように、中に絞って中盤の間でボールを受けると、時折鋭いドリブル突破も交えてボールを動かし、鳥栖の守備を広げていった。鳥栖は間延びしたままラインを下げざるを得ず、結果、大宮の選手に次々にスペースへの侵入を許した。81分にはショートコーナーから渡邉がカルリーニョスとのコンビネーションから左サイドをドリブル突破し、クロスを再び菊地の頭に合わせるが、これはポストを直撃した。
追加点こそ奪えなかったものの、大宮は後半だけで10本のシュートを放ち、4度の決定機を演出し、シュート2本に終わった鳥栖を圧倒した。その決定機に、ボランチの青木拓矢が最後の場面で2回ゴール前に突っ込んでいることが、大宮の攻勢を物語る。鳥栖は78分に豊田陽平が河本との競り合いから足を痛めて交代する不運。トジンや水沼宏太らをピッチに送り、最終的には3バックで攻めるが形勢を変えることはできなかった。
ともに堅守速攻を持ち味とするチーム同士が、1−0のスコアで試合を終えた。字面だけで見ると地味なこと極まりなく、実際に前半38分まではその通りだった。鳥栖としては寝た子を起こすべきではなかったかもしれない。確かに前半、守りを固めた大宮に対してビルドアップはぎこちなく、有効な攻め手はなかったが、鳥栖はアウェイで引き分けでも悪い結果ではないし、そのままのペースを維持していれば、降格圏に沈んで勝点3が欲しい大宮の焦りを誘い、より効果的にカウンターで得点をねらうこともできたはずだ。
あのプレーから、大宮のサポーターはもちろん選手たちにも火がついたように思える。追加点を取れなかったことは課題だが、攻守に一体感のある戦いを見せられたことは、この先も続く厳しい残留争いにおいて、勝点3以上の価値を持ってくるはずだ。猛暑で知られる熊谷も、9月に入って風に涼しさも感じたが、陸上競技場の中は確かに熱かった。この熱を次節、札幌厚別に持ち込みたい。
以上
2012.09.16 Reported by 芥川和久
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