この一戦を振り返る前に、神戸・シンプリシオの退場について触れておきたい。76分に彼がパスを受けようとした際に、肘が柏・大谷秀和の顔面に入ってレッドカードを出されたシーンである。神戸の安達亮監督が試合後の会見で「悪意があってやったとは思わないので。そこだけを分かっていただければ…」と述べたように、決して故意のラフプレーではないだろう。シンプリシオ自身は「起こってしまったことに対しては色んな思いがあって、複雑な部分もある。ただ、そういう(嫌な)部分だけではなく、これだけいいサッカーをして、チャンスを作り出していることの満足感というか、納得できる部分もある。それを76分に自分が抜けたことで(数的不利になり)チームを厳しい状況に追いやってしまったことには複雑な思いがある」とコメントを残している。ジャッジに対して、神戸側からは不満の声が挙がっているわけではないが、“持ち味=人間性”と言い切るシンプリシオの名誉のために、あえて冒頭で記しておきたい。
試合は前半から神戸のペースで進んだ。前節の川崎F戦からの大きな変更は、攻撃の両翼を担うペドロ ジュニオールと小川慶治朗のポシジョンを入れ替えた点。森岡亮太の言葉を借りれば「最終ラインで右と左のどちらに追い込んでいくか。最終的に(小川)慶治朗のところで追い込んでいこうという話をしていたので、その中でのポジションチェンジ」だった。
柏のボールの収めどころは右サイドのレアンドロ ドミンゲス。ならば、ここにボールを集めさせて奪おうという発想で、神戸は相手のストロングポイントを逆手にとったような守備網を敷いていた。実際、運動量の豊富な小川がレアンドロ ドミンゲスにプレッシャーをかけ、ボランチのチョン ウヨンがボールを奪っていくシーンが幾度となく見られた。柏が自分たちのリズムをなかなかつかめなかったのも、この守備網によるところが大きいと言えるかも知れない。
こうして奪ったボールはウヨンからシンプリシオへ渡され、ここから森岡やマルキーニョス、ペドロ ジュニオールらに小気味のいい縦パスが供給されていく。さらに、前線の選手がキープあるいはワンタッチパスをつないでいる間に、小川、シンプリシオ、ウヨンが押し上げて二次攻撃や三次攻撃につなげる。安達監督が「1人退場するまでは、割と狙い通りの試合ができたと思います」と評したのは、攻守ともに選手がイメージを共有し、体現できていたからに他ならない。
24分頃には、シンプリシオと森岡を経由し、ペドロ ジュニオールがドリブルで抜け出す決定的なシーンもあった。29分頃には柏のハン グギョンの不用意な横パスを森岡がカットして前線へパスを送り、それをマルキーニョスがシュートするという惜しい場面もあった。だが、ゴールは決まらず、前半の45分が過ぎてしまう。
一方の柏も、28分頃に橋本和が左サイドを駆け上がって鋭いセンタリングをあげれば、39分頃にはFKから工藤壮人がヘディングに競り勝ち、レアンドロがシュートを放つなどの惜しいシーンもあった。だが、全体的にパスミスが多く、流れをつかむまでには至らなかった。そんな展開の中、先制に成功したのは劣勢の柏だった。
46分、ペナルティエリアの右外でFKのチャンスを得た柏は、レアンドロ ドミンゲスのプレースキックに橋本が頭で合わせて先制。貴重な1点を挙げ、非常にいい形で前半を終えることに成功した。
後半、先に動いたのは柏だった。韓国代表の遠征から試合前日夜に戻ったボランチのハン グギョンを下げ、栗澤僚一を投入。これでややリズムの変わった柏は、52分、53分と立て続けにFKを得るなど追加点の匂いを漂わせた。
そんな状況の中、試合を動かしたのは柏ではなく神戸だった。62分、シンプリシオからのキラーパスを受けたペドロ ジュニオールが、ペナルティエリア内で冷静にGK菅野孝憲を抜き去り、ゴールマウスへとボールを流し込み、試合を振り出しに戻す。ペドロ ジュニオールはこのシーンについて「抜け出した時にGKを見たら、すごくいいポジションをとっていた。シュートコースがなかったのでドリブルに切り換えた」と振り返っている。彼の高い得点感覚がみられた見事なゴールだった。
その後は両チームとも何度かゴールチャンスを作ったが決めきれず。71分には神戸・マルキーニョスの強烈なFKを菅野が弾くという決定的なシーンもあった。どちらが追加点を挙げてもおかしくない好ゲームが展開される中、76分にシンプリシオが一発退場を宣告された。
これにより数的優位に立った柏は、77分にレアンドロを下げて田中順也を投入し、一気に逆転を狙う。80分頃にはレアンドロ ドミンゲスと田中の巧みなパス交換からミドルシュートに持ち込む。87分頃には高山薫のクロスを田中がフリックで後ろへ流し、工藤がシュートを放つシーンもあった。だが、結局、神戸が粘りのディフェンスでしのぎ切り、勝点1を分け合う形となった。
柏にとってこの一戦は、工藤が「こういう試合をものにしていかないと厳しい。しっかり危機感をもって、次は必ず、(常勝への)きっかけになるような試合をつかみとりたい」と話すように納得のいくものでは無かった。
逆に神戸はCBの岩波拓也が「負けたわけではないので、下を向く必要はない。一試合一試合でよくなっていけばいい」と言うように、前節の川崎F戦に続いて手応えをつかんだ一戦だったと言える。
2試合連続ドローに終わった両者にとって、今節がどんな意味を持つのか。現時点で明言するのは難しい。答えは、次節以降の結果に委ねたい。
以上
2014.03.09 Reported by 白井邦彦













