山形 1 - 2 広島 (14:03:山形県) 入場者数 3,115人
「あぶない!」
広島担当記者の一人が、記者席からそう叫んだ。
ロスタイム、山形・小久保のロングスローのこぼれ球を、広島FW・松浦宏治がトラップした瞬間のことだ。松浦にしてみれば、広島DF・八田康介のクリアボールが小さくなったのを見て、「カバーしなければ」という一心で走ったプレイ。松浦の判断は、素晴らしいものだった。が、松浦の位置からは、ボールの向こう側に山形のストライカー・中村幸聖の存在が見えなかったのだ。
松浦が止めたボールは、中村の足元に。
思いきりのいい右足から放たれたボールは、下田崇の右手の向こう側を抜け、ゴールネットを揺らし、沈んだ。同点ゴールだ。
瞬間、広島担当が並ぶ記者席は沈黙した。勝ち点3は、確かに広島の手の中にあった。が、この瞬間、勝ち点3という宝物は、手のひらからこぼれ落ちた。
ピッチでは、山形イレブンが歓喜の雄叫びをあげている。が、実は、その向こう側で、本当のドラマがゆっくりと幕をあけていた。
途中出場していた広島のMF・山形恭平は、誰よりも早くボールをゴールから拾いあげると、一目散にセンターサークルに走り、ボールを置いた。そして、「まだまだ!」とチーム全体を鼓舞するように叫んだ。痛恨のミスをした松浦も、前に走り、声をあげた。
「行こう!」。
服部公太は、同点となった瞬間、「だめなのか……」と下をむきかけたという。が、若い彼らの姿を見て、「そうだ、これからだ」と思い直し、急いで自分のポジションについた。上村健一は、電光掲示板に映った「3分」という数字を見て、「まだ3分もあるぞ」と声を張り上げた。
キックオフされた瞬間、誰もが前にかかった。相手に対して激しくプレスをかけ、かみつくように走った。「戦術も何もない。ただ気持ちだけ」。サンパイオが後にそう語るほど、全員の気迫が前に出た。
右サイドにボールが流れる。松浦が猛然と走り、追った。山形はタッチに逃げるしかなかった。この時、ロスタイムは2分を過ぎていた。
八田がボールを持って助走をとる。練習でもやったことのない、ロングスローだ。ボールはフワリと高く浮いてペナルティエリアへ。ニアサイドにいたサンパイオが飛ぶ。
山形のDFと激突。ボールがこぼれる。
そこにいたのは、上村だった。「ゴールへのイメージ」が、彼の頭の中に涌いた。
オーバーヘッド!が、そのイメージとボールの軌跡はシンクロせず、右足先にかすって、ボールはこぼれた。
「絶対にこっちに来る」と祈るような気持ちで念じていた松浦の前に、そのボールは来た。目の前にはマーカーの小久保。そのままダイレクトに撃ったのでは、彼の足に当たってしまう。松浦は前にボールを流した。そのほんの一瞬のプレイで、ボールとゴールの間に、細い道ができた。
「ここだ」。
松浦は、祈りをこめて、左足を振った。利き足でない足で撃ったボールには、勢いがなかった。が、細い細いゴールへの道をゆっくりと転がっていく。
GKは逆をつかれた。DFがあわててゴールに向かって走った。
「ゴールまで、届け!」。松浦は、想いを込めた。
ゆっくりと、本当にゆっくりと転がったボールは、DFにもGKにも邪魔されることなく、ゴールラインを超えた。
瞬間、「わけがわからなくなった」と普段クールな森崎和幸ですら、歓喜を爆発させて、松浦の許に走った。あっという間に松浦は紫の輪の中に埋もれた。スタンドでは、広島のサポーターが飛び上がり、走り回った。記者席では、広島担当の記者が手を振りかざし、誰かれともなく、抱き合った。
手のひらからこぼれたはずの勝ち点3を拾いあげ、見えなくなりそうだった「J1」という約束の場所をしっかりと見据えたこの勝ち越しゴールを放ったのは、痛恨のミスを犯した松浦宏治自身だった。その時、時計は93分に届こうとしていた。
2003.11.9 Reported by 中野和也
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