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「なでしこ」とともに歩んだ2年=女子の歴史塗り替えた上田監督〔五輪・サッカー〕(04.08.20)

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スウェーデン戦での五輪初勝利、1次リーグ突破。日本女子サッカーの歴史を塗り替えた上田栄治監督。苦境に陥っていた女子の監督に就任して2年。アテネへの道は、指導者としての挑戦でもあった。
 
上田監督は1999年、Jリーグ1部平塚(現同2部湘南)で監督生活の第一歩を踏み出した。平塚の前身フジタで選手、コーチとして活躍し、監督就任前はチーム編成・強化を担当。中田英寿(フィオレンティナ)の獲得、イタリア移籍をまとめ上げた。
 
当時の平塚は、親会社の撤退で存続も危ぶまれる状態。主力を軒並み放出し、勝てる見込みさえ分からないチームだった。フジタの社員を辞め、退路を断っての挑戦だったが、結果は出ず5カ月間でその座を去った。
 
2年前の女子日本代表監督就任時も、取り巻く状況は似ていた。シドニー五輪の出場を逃し、アテネを目標としていたものの、男子とは比較にならない厳しい環境。結果次第では、再び自身の経歴に傷が付く恐れもあったが、「選手からひたむきな姿勢を感じ」(同監督)引き受けた。選手には、「練習中は笑うな」と厳しい姿勢を見せる一方、彼女たちの情熱を受け止め、世界に通用するチームへと育てた。
 
99年末から2年半にわたったマカオ代表監督の経験が生きた。「こういうチーム作りをすれば、こういうサッカーができるというのが分かった」。世界との体力差を埋め、かつ選手の個性を生かすために手を加えた3バックから4バックへの変更。アジア予選での北朝鮮や、スウェーデンを倒した戦略は、過去の苦い経験が糧になった。
 
「なでしこ」とともに歩んだ上田監督の、ベスト4を懸けた戦いがスタートした。(テッサロニキ時事)

[時事通信社]
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