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【城 彰二氏 引退試合:スペシャルインタビュー】思い出の最後にネットを揺らしたいと思います!!(08.01.27)

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城彰二 引退試合
1月27日(日) 15:00 KICK OFF/三ツ沢
JO DREAMS vs 横浜FCオールスターズ
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Q:いよいよ27日に引退試合が迫ってきました。今の気分はいかがですか?
「いいメンバーが揃ってくれましたよね。楽しみっていうのが一番ですね。横浜FCで一緒だったメンバーとJO DREAMSのメンバーが僕のために集まってくれるわけですから、すごくうれしいなと思いますし、早くやりたいなと思いますね」

Q:現在のコンディションはいかがですか?
「徐々に体をしぼってます。21日から沖縄に行って、体も作ってきます。まあ、全盛期の頃よりはちょっと落ちるかもしれない(笑)。けど、体調的には十分いいプレーが見せられるようにトレーニングも重ねてきてますので、楽しみにしてもらいたいと思います」

Q:昨年はサッカー選手ではない1年を送りました。どういった活動をされていたのですか?
「メインは子どもたちへのスクール活動でしたね。KIRINさんや朝日新聞さんや地方の方々に支えてもらってそういう機会を与えてもらいました。スクール活動を中心にしながら、解説者や日本テレビさんの『サッカーアース』という番組にもレギュラーで出させてもらいました」

Q:サッカーを外から見ることで、改めてサッカーに対する発見があったのではないでしょうか?
「選手の時は体で表現することが第一でしたし、それに比重を置いてやってきましたが、試合を外から見るとすごくサッカーって深いんだなって感じましたね。サッカーってもっともっといろんな発展があるんだと気づきました。それと本当にいろんな人がサッカーに関わっていて、いろんな人に支えられているんだということをあらためて感じました」

Q:選手では見えない部分がたくさんありますよね。
「数え切れないくらいありました。メディアの方もそうですし、サポーターやファンの方もそうですし。本当に皆さんの力がないとJリーグもないですし、サッカー選手としても生活していけないんだと感じました。そういう部分はあらためて気づかされましたね」

Q:その一方、活躍している選手を見ていると燃えてくるものがあったのではないでしょうか?
「それがね、全くないんですよ。自分でもビックリするくらいですよ。それだけやりきったというか、13年間走り続けてきたからこそ、そうならないのかなと思いますね」

Q:現役を退く時にけじめがついていたんでしょうね。
「それもありますが、比重ですよね。子どもたちへのスクール活動や、監督となってJリーグに戻りたいという目標が明確になったので、現役を続けるよりもそっちの比重の方が明らかに大きくなったんですよね。だから、寂しさもなかったですし、サッカーを見る目も変ったのかなと思います。自分は新たなスタートは切っているんですよ。ただ、切っても切れないのはサッカーですよね。それだけは追い続けていきたいですね」

Q:引退から1年が経ちました。冷静に現役時代も振り返ることができるのではないでしょうか?
「現役時代を振り返るというより、いろんな人から話をされて自分の中でプレーバックすることが多いですね」

Q:自分自身の思い出よりも周りの人から言われて思い出すことの方が多いんですね。
「そうですね。夢をすごく明確に持っているので、そこに向かいたいという気持ちが強いです。振り返ったり、戻ったりしようと思わないくらい先に行きたいんですよね。もっともっと進化したいという思いが強いですね」

Q:それでも、ここで現役時代を振り返っていただきたいのですが。城さんほど現役時代に激しい浮き沈みを経験した選手はいないと思います。城さんにとって、どんな現役生活でしたか?
「本当に波乱万丈な現役生活だったと思います。人が50年、60年かかっても経験できないことを自分は13年間で経験したと思っています。だから、自分はサッカーをやってきて良かったなと思いますね。

まずはじめに、18歳でジェフユナイテッド市原(当時)に加入して、華々しくトップの階段を駆け上がった時代がありました、開幕戦ゴールなどいろんな運に導かれて、周りにサポートしてもらって一気に駆け上りました。スタートを切ったはずが一気にトップまで行ってしまった激動の1年間でしたね。

ただ、そこからプロの厳しさだったり、自分の甘さもあり、結果の残せない時期がありました。そこでマスコミからの期待の裏返しのバッシングも受けましたし。節目節目で自分はいろんな経験をさせてもらったと思っています。

自分にとって大きかったのはアトランタオリンピックですね。とにかくあの時は世界を目指すということが明確でした。Jリーグがはじまって間もない時期でしたが、自分たちの世代はガムシャラに世界を目指してやっていたという気持ちはあります。今は日本人選手が世界に出て行くということが当たり前になってきましたが、その当時は誰も世界というものを知りませんでしたから」

Q:城さんたちの世代が世界の扉を開きましたね。
「そういったところでアトランタオリンピックを皮切りに日本のサッカーは変わっていったと思います。「世界に行きたい」という気持ちも強くなりましたし、自分たちが世界でどれくらい戦えるのか、そのためのレベルアップを目指してやってまいたからね。

あとは98年のフランスワールドカップ。これは本当にビッグチャンスでした。誰もがエースと考えていて、僕にとって昔も今も憧れの三浦知良という選手とエース交代ということで出場できたわけです。何が嬉しかったかというとファンの人たちがそれを認めてくれたことですね。応援してくれた人たちにすごく感謝したいです。帰りの空港で水をかけられた事件もありましたが、あれでエースとしての称号を一瞬でも奪えたのかなと感じました。僕の経験の中でかなり大きな比重のある出来事ですね。

アトランタオリンピックとフランスワールドカップ。劇的に新しい歴史を作ることができた。これが僕のサッカー選手としての一番の思い出ですね」

Q:Jリーグでは数々のチームでプレーをしました。
「横浜FMやヴィッセル神戸、横浜FC、そして、スペインに行くなど何度も移籍をしました。ちょっとした波はありましたが、学ぶことはすごく多かったですね。戦力外通告も受けましたし、そこからサッカーをできる環境がなくなり、自分の行くチームがなくなるということも経験しました。そこが一番どん底の時期だったと思います。ワールドカップで結果を残せなかったことや負けたということよりサッカーができる環境がなくなるまで堕ちた時が一番辛かったですね」

Q:そして、横浜FCへの移籍です。
「一番苦しい時期に横浜FCが手を差し伸べてくれました。その時から、人との関わりやクラブとの関わりなど人間としてぐっと成長したのかなと思います。何か恩返しをしたいという気持ちが強くなりましたし、自分の持っているものをすべて出そうと思えるようになりました。横浜FCは0からサポーターが作ったクラブです。その状況から夢のJ1という舞台にたどり着くことができ、そこに関われたことがすごくうれしかったですね。少しでも恩返しができたのかなと思いました。

13年間、現役を続けたわけですが、『夢』を持つことが一番大切だと思いました。それに対して、何ができるか。夢を追い続けて、努力をすることによって必ず叶えることができるんです。いろんな人がサポートしてくれて、それが一つになると絶対に夢は叶うということを、横浜FCで証明できたと思っていますし、自分にとっても自信にもつながりました」

Q:横浜FCに来た当時は練習場がなく、フットサル場で練習をすることもありました。そこからJ1に行くことは想像できませんでした。でも、城さんをはじめ、選手たちは日々努力をし続け、そこにたどり着きました。本当に周囲に「夢」を与えたと思います。
「本当に何もない環境からでしたからね。でも、みんなの力ですよ。クラブ、選手、サポーター、みんなが目指すものを諦めずに一つになったからやれたんだと思います。僕も無理かなと思った時もありました。でも、強い信念と努力があれば怖いものはないし、絶対に達成できるんだと思いましたね。環境は関係ないんです」

Q:13年間の現役生活は城さん自身の今後に向けての大きな糧となったのではないでしょうか?
「そうですね。いい時期も苦しい時期も味合わせてもらいました。自分の一番大切にしている言葉はやはり『夢』ですね。『夢』という言葉を自分は一生涯持ち続けて、そこに向かっていければ最高だと思います」

Q:今の城さんから現役時代の城さんにアドバイスをするなら、どんな言葉ですか?
「よくやった、という感じですね。でも、もっと早く大人になれよ(笑)と。いろんな経験をして分かったんですけど、サッカーというのは多くの人が関わっているんです。いろんな人がつながって支え合って、はじめて選手がサッカーできる環境があるんです。そういったものが大切なんだと、遅くなりましたが、気づいてよかったなと思いますね」

Q:引退試合ではJO DREAMS対横浜FCオールスターズとの対戦です。JO DREMSはすごいメンバーですね。
「そうですね。アトランタオリンピックとフランスワールドカップという日本サッカーの歴史を作ってきたメンバーだと思いますし、そういった人たちが集まってくれるのはすごいことですよね。当時はオリンピック代表とフル代表、どっちが強いのかという議論にもなりましたし。だから、その混合されたチームをぜひ見てほしいですね。どんなチームになるのか僕も楽しみですよ。現役を退いた選手もいますが、このメンバーが集まるだけで期待を持てますよね」

Q:話は逸れますが、当時のアトランタオリンピックのメンバーは自分たちはフル代表よりも強いという意地みたいのがあったのではないでしょうか?
「意地というより生意気さね(笑)。でも、試合をしたら明らかにフル代表の方が強いですよ。だけど、アトランタ世代は自己主張が強かったし、生意気でしたから、そういった思いもありましたね。今考えると、勝てるわけがないんですけど」

Q:ただ、その生意気さが魅力でした。
「個性派集団でしたからね。でも、試合になれば勝つために一つになれましたし、相手が強ければみんなで助け合いました。それがあのチームでしたね」

Q:もう一方は、横浜FCオールスターズです。
「横浜FCは小さなクラブで、他のクラブと比べるとまだまだなクラブですが、横浜FCとしての歴史もあるんですよね。なので、こういう場をモチベーションにして、さらに大きなクラブになって欲しいと思って、このメンバーを呼ばせてもらいまいた。横浜FCのメンバーはJO DREAMSに比べて日本サッカーに名前を残せた選手は少ないです。でも、こういう舞台を肌に感じてさらに大きなクラブになってもらいたい。今度、誰かの引退試合を開く時には横浜FCのメンバーが多く含まれるようになってほしいですよね」

Q:会場は三ツ沢球技場です。城さんにとって三ツ沢とは?
「横浜FMでもホームスタジアムでしたし、代表の練習もやったことがあります。横浜FCでもホームでした。たくさんの思い出がありますよね。決して広くはないですが、選手と観客が一体になれるあの雰囲気は三ツ沢ならではのものです。自分にとって本当に最後の試合になると思いますので、その思いを全部三ツ沢で出したいと思います」

Q:Jリーグの特例(城さんはJリーグ規定で引退試合を認めら得る公式戦500試合以上出場に達していない)での開催ということですが、それだけ城さんの功績は大きかったと思います。
「いやいや、いろんな方々が自分のことをサポートしてくれたからです。引退試合ができるということは本当に名誉のことなので、携わっていただいた方々、Jリーグや日本サッカー協会の方々に本当に感謝をしたいと思いますね。だからこそ、この試合ですべてを出したいですし、これからの部分も見せたいと思います。試合の前には現在やっている子どもたちへのスクール活動を見てもらおうと思っています。先へ先へと向かっている自分も見てもらいたいです。引退試合というと試合をして終わりという形が多いですが、僕はそういう場にしたくないというか、サッカー選手としては終わりましたが、サッカーに今後も携わっていくというところも見てもらいたい。しんみりとした形での引退試合にはならないと思います。夢に向かってこれまでも努力してきたし、これからも努力していきます。そういったものをみなさんが感じてくれて、少しでも感動してくれればいいと思います」

Q:観客は城さんのゴールを期待しています。
「僕も期待してますよ! やっぱり取りたいですし、思い出の最後にネットを揺らしたいと思います」

Q:ゴール後のパフォーマンスも期待しています。
「みんなから宙返りと言われますけど、もうできません(笑)!でも、ゴールを決めた後に喜ぶイメージはできてますので、あとは結果だけです。何とか頑張りたいですね」

Q:最後に駆けつけてくれるファンに一言お願いします。
「自分は13年間選手としてやってきていろんな人にお世話になりました。ファンやサポーターの方からも声援をいただきました。そういった人たちに向けての最後の試合ですから、いい試合をやりたい! いいプレーを見せたい! そして、今までの城彰二と、これからの城彰二を表現できると思うので、ぜひ見に来てもらいたいですね。お互いにそうした気持ちを肌で感じ取ることができればいいと思います。いいメンバーも集まりましたし、いい試合ができると思います。期待して三ツ沢球技場に足を運んでください!」

以上

インタビュアー:佐藤 拓也
取材協力:横浜FC
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