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■プレイバックワールドカップ予選:その1
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<<岡田ジャパン誕生、ドーハ組の復活、そしてジョホールバルの歓喜。まさに奇跡と言うしかないフランスワールドカップ出場権獲得!>>
97年10月5日の日本時間早朝、ヘッドコーチから昇格した岡田武史新監督が、泣きはらした目を真っ赤にしながら記者会見にのぞんでいた。加茂周前監督の更迭を受け、指揮官に押し上げられた彼は当時41歳。日本代表はおろか、Jリーグクラブでの監督経験もない。それでも日本サッカー協会は若く知性と情熱のある指導者を信じ、全てを託した。
最初は固辞しつつも全てを引き受けた以上、岡田監督は勝たなければならなかった。ここから先は毎試合が決勝戦。1つの取りこぼしも許されない。しかも4バックと3バックの間で揺れ動き、完全に自信を失っている選手たちを戦う集団に戻すという大仕事も待っている。アルマトイから次のウズベキスタン戦の地・タシケントに向かう新指揮官の胸中は、大いに揺れ動いていたことだろう。
岡田監督が勝負の第5戦・ウズベキスタン戦に挑むに当たり、まず行ったのはメンバーの入れ替え。加茂監督解任の直接的引き金になったカザフスタン戦に先発していた小村、中田、呂比須を外し、斉藤、森島、城を再びスタメン起用。4バックから3バックに布陣も変更したのだ。5月から司令塔としてチームに君臨し続けてきた中田もやはり20歳の若者である。目に見えない重圧と疲労が体に来たのか、彼は帯状疱疹を患っていた。それを隠すために報道陣を完全シャットアウトし、無言を貫いた。彼のメディア嫌いはここから始まるのだが、とにかくこの時は精神的に限界を超えていたのだろう。
この試合もリードされるなど絶体絶命の状況に陥ったが、選手たちは闘志を取り戻し、死に物狂いで1点を追いかける。そして終了間際に井原(U-23代表コーチ)のロビングボールを途中出場の呂比須が頭で流し込んだ。これは、韓国戦でDF崔英一に尻を蹴られ尾てい骨を打撲していたカズが、前線を走りこんで相手GKがバランスを崩したことで生まれたもの。満身創痍のカズは「エースの誇り」をこの重要な場面で彼なりに示したのだ。
奇跡的なドローで中央アジア遠征から戻った岡田監督は次なる国内合宿でも選手たちにさらに気合を入れた。まず集中力の欠如が見て取れた西澤を所属クラブ送り返し、最終予選に入ってメンバーから外れていた本田や北澤を再招集。中盤のダイナミズムを取り戻そうとしたのだ。前に出るサッカーを忘れていた選手たちに積極的に勝負に出ることを指示。対戦相手を徹底分析しながら、ディテールを大事にしつつ、戦術を授けていった。
それでも次の10月26日のUAE戦(東京・国立)は勝てなかった。呂比須が先制したが、ミスを突かれて失点。1−1のドローに終わる。この時、サポーターはカズが尾てい骨の負傷を知らず、不甲斐ないエースの動きに容赦なく批判を浴びせていた。そしてこのUAE戦の後、国立競技場正門前で「イス投げ事件」が起きる。カズがスタジアムの建物から出ようとした瞬間、1人のサポーターがパイプイスを投げつけ「コノヤロー、何やってんだ」と罵ったのだ。カズの方も「てめえ、何だ」と今にも飛び出しそうになる。あたりは周囲は騒然となり、収拾がつくまでにかなりの時間がかかった。日本中が最終予選の結果1つで一喜一憂するクレイジーな状態になっていたことを象徴する事件だった。
この時点で韓国の1位通過が決定。日本の生き残る道は、この組で2位になり、第3代表決定戦で勝つこと。それしかなくなった。11月1日の韓国戦(ソウル)はまさに最大の正念場。蚕室スタジアムには日本から1万人近いサポーターが押しかけた。岡田監督はじっと黙って試合に勝つことだけに集中していた。選手たちも指揮官の強い意志に呼応し、名波と呂比須のゴールで何とか勝利をモノにした。印象的だったのが、リードした後半になって韓国に押し込まれた際、岡田監督が守りの選手を投入せず、前へ出られる平野孝を起用したことだ。「守りの人間を入れるとチーム全体がズルズル下がってしまう。今日は最後まで攻撃姿勢を持ち続けていたかった」と試合後、指揮官はこう語った。9月28日にホームで韓国に苦杯を喫した時、加茂前監督が冒したミスのことが、もちろん彼の頭の中にあったのだろう。
日本代表にとって1ヵ月半ぶりとなる待望の白星。これでアジア突破の目が出てきたと同時に、再び選手たちに自信が蘇ってきた。が、残念ながら次の最終戦・カザフスタン戦(東京・国立)ではカズと呂比須が累積警告で出場停止となった。そこで岡田監督が下したのは、2年5ヶ月ぶりに中山雅史(磐田)を代表復帰させるという決断だった。9月の日韓戦の時はテレビ局のピッチレポーターをやっていた男を呼び寄せたのは、類稀な闘争心とゴールへの飽くなき意欲を前面に押し出せる選手だからに違いない。
その中山と城が先発したカザフ戦。やっと本調子を取り戻した中田からのFKを秋田がヘッドで決め、いち早く先制する。ここから中田、中山、井原、そして途中出場の高木もゴールするなど、日本は5−1で大勝。最悪の状態を完全に脱してグループ2位を確保。イランとの第3代表決定戦にコマを進めた。
迎えた97年11月16日、マレーシア・ジョホールバルのラルキンスタジアムは『ジャパニーズブルー』一色に染まった。イランは前日練習でアリ・ダエイと2トップを組むアジジが負傷。タンカで運ばれるというアクシデントが起きたが、これは真っ赤な嘘。アジジは元気そうにピッチに立っていた。大一番だけにこんな陽動作戦もありえるが、岡田監督は普段通り淡々としていた。もちろん心中は期するものがあったに違いないが…。
でなければ、1−2で逆転された後半にカズと中山を同時に下げるという大胆な策を採れるはずがない。「岡田監督は監督経験がないからセオリーにこだわらない」と話した解説者もいたが、いずれにしてもこの名采配がチームを地獄から救うことになる。この交代がなければ、城が2点目を奪うことも、延長戦で岡野がVゴールを決めることもなかっただろう。
勝利の瞬間、岡田監督は両手を高々と挙げ、選手に向かって走っていった。この光景は今も多くの人々の脳裏に焼きついているはずだ。これほど凄まじいワールドカップ予選はもう2度とないだろう。日本はこれだけの茨の道を通って、ようやく世界の扉のこじ開けたのだ。
以上
(続く)
2008.01.24 Reported by 元川悦子
【岡田ジャパン初陣! キリンチャレンジカップ 2008】
★1月26日(土)19:10@国立
日本代表 vs チリ代表
★1月30日(水)19:20@国立
日本代表 vs ボスニア・ヘルツェゴビナ代表
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★2月6日(水)19:20(予定)@埼玉
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