0−2。その数字は、バンコクの夜空に煌々と輝いていた。G大阪がチョンブリFCにアウェイで勝利を収め、クラブ史上初のACL決勝トーナメント進出を決めた試合の試合結果が場内の電光掲示板に表示されているのだ。カラーで表示されているわけではなく、ところどころ電球が切れてしまっている電光掲示板に映し出されている様が、アジアな雰囲気を醸し出していた。
日中の暑さは40度近く、キックオフ時間の19時半でも30度近くとかなり暑い環境の中、選手と共にサポーターも戦った。スタジアムの設備の関係で、地元チョンブリではなくバンコクで開催となったにも関わらず、ACLのG大阪戦に約1万人近くものチョンブリサポーターがスタジアムへ駆けつけていた。試合開始3時間前から、場外を行進し、太鼓と大きな声でチョンブリコールを連発していた。開場になるとスタジアムはメインもバックもチョンブリサポーターで埋め尽くされた。メインスタンドのサポーターでも太鼓と旗を持ち大声で「チョンブリ!」コールを繰り返し、バックスタンドでも同様にメインスタンドと呼応するかのように「チョンブリ!」コールをかけていた。このような完全アウェイの中、G大阪サポーターはアウェイ側のコーナー付近に位置した。その数、約150人。スタジアムのほぼ全てを埋め尽くしたチョンブリサポーターの大声援に、G大阪サポーターの声援はかき消されてしまいそうだった。
しかし、遥々アウェイの地まで来たG大阪サポーターたちは声を出し続けた。また「亜細亜の頂点↑」と書かれた横断幕には、多くのサポーターからのメッセージが書き込まれていた。ここにこられなかったサポーターの思いが書き綴られている横断幕だった。試合展開は前半を0−0で折り返し、重い空気が漂いながらの後半戦。後半開始直後にG大阪サポーターから「俺たちも頑張ろう!」との声があがり、声が一段と大きくなる。そして山崎の先制点。G大阪サポーターは熱狂!そしてルーカスが追加点。この時点でチョンブリサポーターが帰り始めた。しかし帰ったのは数十名程度でほとんどのチョンブリサポーターはスタンドに残り、最後までチョンブリを応援し続けた。試合が終盤に近づくにつれ、チョンブリサポーターの声も大きくなっていくが、G大阪サポーターも声の限りを尽くして選手を鼓舞し続けた。最初は大人しく観戦していた、タイに駐在している日本人の家族たちも次第にG大阪サポーターに影響され、手拍子をして声を出すようになってきていた。そしてタイムアップ。
G大阪がACLの決勝トーナメント進出を決めた!自分たちの声がかき消されてしまいそうなほどの相手サポーターの大声援の中、選手と一緒に戦い続けたサポーターは喜びを爆発させ、互いに抱き合い喜びを表現していた。その姿を見ていたチョンブリサポーターは、少ない人数ながらも途切れることなく応援し続けたG大阪サポーターに敬意を表しながらも積極的にG大阪サポーターに話しかけ、記念撮影やグッズの交換をしていた。試合後、選手たちは、アウェイにまで駆けつけてくれたサポーターの声が、確実に力になっていたと述べ、サポーターへの感謝の気持ちを言葉にしていた。また西野監督は試合後に一人でサポーターの元に挨拶をしにきた。遥々アウェイにまで駆けつけてくれたサポーターに敬意を表した行動だった。中澤聡太選手は、喜びを爆発させ、サポーターに向けて笑顔でガッツポーズを何回もとっていた。アジアでのアウェイの試合を戦っていくとクラブとサポーターがより密接な関係になり距離がどんどんと縮まっていくように思える。そんなシーンがいくつも見られた一戦だった。
スパチャラサイスタジアム。このスタジアムは2005年にドイツW杯最終予選で北朝鮮と無観客試合を戦い、2−0で勝利しW杯出場を決めた地であり、2008年にACLでG大阪がチョンブリFCに2−0で勝利し、クラブ史上初のACL決勝トーナメント進出を決めた地にもなった。日本代表サポーターにとって思い入れのあるこのスタジアムは、G大阪サポーターにとっても記念すべき存在となったようだ。しかし、ここはひとつの目標到達点ではあるものの、ゴールではなく新たな目標へのスタート地点だ。
「家に帰るまでが遠征だよ!次のF・マリノス戦もがんばろう!」サポーターは口々にこう言い合いながらスタジアムを後にしていった。まるで、ここがタイのバンコクのスタジアムではなく、日本のどこかのアウェイのスタジアムと同じかのように・・・。
G大阪サポーターのアジア王者への挑戦は、これからも続く。目指すはもちろん「亜細亜の頂点」。
以上
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