相手の得意技を逆手にとって勝利を呼び込む。
なんと心地良い響きだろう。
しかし、敗れたF東京のポポヴィッチ監督は、「よりサッカーをやったのは私たちの方だと思っていますし、常に主導権を握っていたのも私たちの方だったと感じています」と試合を振り返った。これが、負け惜しみなのかどうかの真意はわからない。ただ、この試合でいえることは、F東京がボールをつなぐことを行っている間に、鳥栖は守備の陣形をコンパクトにする時間を取ることができたことだった。ピッチ上で実際に対峙してみないとわからないことは確かにあるだろうが、この試合に限って感じたことは前述のことだった。
F東京は、ワントップのFWルーカスにボールが入るまでの工程は、長短のパスをつないで相手のほころびを作り、そこを突いてボールを相手ゴール前に運ぶ。全員が、攻撃のスイッチが入った瞬間に連動する強さを持っている。今節も、試合開始から10分を過ぎたあたりから、ボールをつないで鳥栖を崩そうと試みていた。ただ、いつもと違ったのは、早いパスやダイレクトパスが少なかったこと。そして、ボールサイドの逆の選手に展開することが少なかったことである。特に前半は、F東京の右サイドでボールを回しているときに、左サイドバック中村北斗が高い位置を取っているにもかかわらず、そこへのボールが供給されることが少なかった。ボールを横の選手とつなぐことで、ボールは失わないが鳥栖のゴールへ近づくには時間がかかりすぎていた。
この時間がかかるところを鳥栖がうまく利用した前半だった。F東京のDFがボールを横に回し始めると、FW豊田陽平と池田圭はプレスをかけるタイミングを計っていた。まずは、縦へのパスコースを消してF東京の攻撃のスピードを落とし、次にボールをサイドに追い込んでいく。この間にボランチの藤田直之と岡本知剛は、中央を埋めながらFWとの距離を縮めていく。連動してDFの4枚がラインをあげていく。「ボランチから、ラインを高く取るように試合中に声がかかった」とセンターバックの呂成海が語るように、FWからDFまでが連動して守備のブロックをコントロールすることで、F東京の早いパスやダイレクトパスの選択肢を消し、逆サイドへの展開を阻止し続けた。それはポポヴィッチ監督のハーフタイムコメントの「サイドチェンジをもっと使うこと」が証明している。
後半は、F東京も縦パスをうまく使い、鳥栖の守備を前半とは違う形で崩し始めた。しかし、FWルーカスへ得意の形で渡る機会は少なかった。これは、鳥栖のセンターバック2人の健闘によるところが大きい。キム クナンは「監督からも、厳しくいくように言われていた」とその理由を試合後に教えてくれた。前半はルーカスに入る前のところを抑え、後半はルーカスに入ったところを強く抑えることで、F東京を無得点に押させることに成功した。
この守備での鳥栖のペースが87分に実を結ぶ。中央からのFKを藤田が、途中出場のFWトジンに合わせ決勝点となった。終わってみれば1−0の辛勝の試合だが、守備からペースを作り、相手の得意とする攻撃を手玉に取り、少ないチャンスを決めて終わることができた鳥栖の試合だったといえるだろう。終了間際に劇的な得点を挙げた喜びよりも、今季の鳥栖の特徴である守備からの試合運びができたことが後半戦に弾みをつけることになるだろう。
ストロングポイントを出して相手を打ち負かすサッカーは、力強さを感じさせる。
相手をいなしながら得点を奪うサッカーは、うまさを感じさせる。
相手に押し込まれても耐えて勝つサッカーは、精神力の強さを感じさせる。
いずれも勝利に変わりはない。
文末に74年FIFAワールドカップ西ドイツ大会で優勝した西ドイツ代表主将ベッケンバウアーの言葉を紹介して、今回のレポートを結ぶ。
「サッカーは、強いから勝つのではなく、勝った方が強いのだ」
以上
2012.07.15 Reported by サカクラゲン
J’s GOALニュース
一覧へ【J1:第18節 鳥栖 vs F東京】レポート:後半戦の初戦で、守備の真髄を見せての勝利スタートとなった鳥栖。ボールポゼッションで上回るも、崩し切れずに無念の敗退となったF東京(12.07.15)
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