「諦めなければ何かいいことが起こる――。そういう姿を見せたかった」。
試合終了直後、スタジアムインタビューに応じた菅沼駿哉がスタンドへ向かって絶叫する。嬉しいJ1初ゴール、3失点を喫した屈辱、最後の最後に掴んだ再逆転勝利。若い彼にとってはまるでジェットコースターに乗っているかのような90分だったかもしれない。興奮冷めやらぬお立ち台で飛び出したのは少々“くさい”セリフではあったが、何より勝てたことが嬉しかった。
「昨年の3月11日を境に僕たちの生活は一変しました――」。
試合当日の昼、磐田の練習場で選手との“対面式”は行われた。両者が一列に並ぶと、一人の児童が前へ歩み出て選手へ向けた手紙を読み上げる。その挨拶は胸に突き刺さる言葉で始まった。
磐田はこの試合を「東日本大震災復興支援デー」と銘打ち、岩手県山田町、大槌町、野田村の子どもたちを磐田市へ招待。地元の観光とこの試合のスタジアム観戦をプレゼントした。さらに試合前には練習場にも招き、一緒にサッカーを楽しんでいる。ホームゲームの場合、磐田は試合当日に練習場で調整を行った後にヤマハスタジアムへ出発するが、この調整はもちろん非公開。試合当日は原則、選手、スタッフなどクラブ関係者でなければ練習場やクラブハウスへ立ち入ることもできず、今回の対応は異例中の異例だと言える。だが、この日ばかりは過去の通例も関係なかった。
岩手県沿岸に位置する山田町、大槌町、野田村は昨年の震災でいずれも大きなダメージを受けた地域である。地元のサッカー少年団に所属する代表児童が読み上げた手紙は練習グラウンドに仮設住宅が建設されたこと、転校を余儀なくされたチームメイトもいたことなどふるさとの現状をありのままに伝え、「このたびは本当にありがとうございました。今日の試合、一生懸命応援します。頑張ってください」というエールで締め括られた。
19時。湿度89%というじめじめとしたピッチではゲームは始まった。試合開始直後、駒野友一のCKから「昨日(8月17日)のセットプレーの練習で点を取っていたので今日も行けると思っていた」という藤田義明のヘディングシュートが決まり、ホーム・磐田が先制。しかし、アウェイ・C大阪も譲らずその直後に山口螢の豪快なミドルシュートで同点。その後、磐田・菅沼駿哉、C大阪・扇原貴宏と互いに1点を奪い、2-2で前半を折り返した。
後半の立ち上がりにペースを握ったのはC大阪。「よりサイドで起点を作って攻撃することを意識させた」というセルジオソアレス監督の言葉の通り、両サイドの酒本憲幸、丸橋祐介がより積極的に仕掛けるようになった。これが実を結んだのが68分。敵陣で相手にパスミスを拾ったのは高い位置まで侵入していた酒本憲幸。彼の右足のクロスを絶妙なポジション取りを見せたケンペスが頭で押し込み、ついにスコアをひっくり返す。78分には扇原、山口と共に新布陣・トリプルボランチを形成していたシンプリシオを下げて横山知伸を投入。手堅く勝点3を取りに行った。
1点を追う磐田は74分に前線の松浦拓弥、五輪後初先発となったペクソンドンに代えて山崎亮平、阿部吉朗を同時投入。さらにその直後には小林祐希も投入し、3枚の交代カードを全て使い果たして勝負に出る。結果的にこの交代策が勝負を決めることになった。途中出場の3選手がいずれも見せ場を作り、流れを大きく引き寄せると82分、さらに85分と前田遼一の連続ゴールで磐田が再逆転。それまで数々の決定機を外していたエースは「前半からチャンスがあった中で決めることができていなかったので、よかった」と胸をなで下ろし、ゴールを待ち続けたスタジアムの歓声に応えた。
試合後、森下仁志監督は「被災地の岩手県からたくさんの方々に来ていただき、選手にはその方々に勇気を与えられるよう勇敢にプレーしようと言わせてもらった」と熱っぽく語った。練習場で代表児童の言葉を耳にした際にはこみ上げるものをこらえきれなかったという。「練習場で挨拶してくれた子の言葉に胸が熱くなった。今日だけではなく、これからも少しでも被災地に力を与えられるよう頑張りたい」とミックスゾーンで話していたのはゲームキャプテン・山田大記。
今回の招待を通じて被災地の状況が何か劇的に変化するわけではない。復興とはけして“きれいごと”ばかりではなく、乗り越えなければならないハードルも少なくないだろう。だが、昨年の震災からもうじき1年半となる今、地道に“継続”することの重要性を改めて感じさせるクラブの取り組みだった。
試合翌日の朝、子どもたちは新幹線で岩手へ帰った。駅のホームでは前夜のシーソーゲームに「ここまで“演出”してくれなくても、と思った(笑)」とまだまだ興奮冷めやらぬ様子。その手には売店で購入した地元紙がしっかりと握られていた。見出しには『磐田勝利!』とカラフルな文字が躍る。
「さらに復興が進んだ時には、今度はみなさんを岩手に招待したい」。
父兄の一人は笑顔でそう話し、新幹線に乗り込んだ。
以上
2012.08.19 Reported by 南間健治
J’s GOALニュース
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