スコアは２−２。電光掲示板に表示された時間は間もなく試合が終わることを告げていた。しかし、誰も時計は気にしていない。選手も、スタンドで声援を送るサポーターも、ただゴールだけを信じて戦い続けていた。心の中にあるのは絶対に勝つという熱い想い。それは、やがて確信と言ってもいいようなものに変わり、富山ゴールへと迫っていく。そして89分、誰もが待ち望んでいたシーンが生まれる。木原正和が縦に送った鋭いパスを、石津大介が雨で濡れて滑るピッチの上で見事にワンタッチでコントロール。そして迷うことなく左足を振り抜いた。次の瞬間、富山ゴールが大きく揺れる。石津の想い、チームの想い、そしてサポーターの想いを乗せたゴール。この時、レベルファイブスタジアムは大きく揺れた。

苦しい試合だった。先制点は富山。立ち上がりの７分、ペナルティエリアのすぐ外で得たＦＫをソ ヨンドクが右足で直接ゴールに叩きこんだ。不用意なファールから失った先制ゴール。それは、これまでの試合で繰り返してきた失点シーンと同様の種類のものだった。「序盤の失点は、今までにあったようなケース。チーム的にも、スタジアム的にも、またかという雰囲気になった」と、前田浩二監督も失点シーンを振り返る。だが、この日の福岡は慌てなかった。これまでの試合で見られていたような一発で相手の背後を狙うボールが姿を消し、丁寧につなぎ、ピッチを左右に広く使い、そして、11人全員が連動して攻め上がっていく。
それでもゴールは遠かった。ボールホルダーに対して丁寧にファーストディフェンダーがプレッシャーをかけ、ボールが停滞したと見るや、２人、３人とボールを囲い込み、そして最終ラインに出てきたボールを福田俊介を中心に確実にクリアして行く富山の守備は堅い。ボールポゼッションで大きく富山を上回りながらも、前半に放ったシュートは、富山の５本に対して、わずかに２本。正直に言えば、前半は富山にはめられた感が強い。

しかし、そんな中で１人の男がチームに勇気を与え続けた。それは、この日、初めて先発に名を連ねたオズマール。ボールを受けると積極的にゴールにチャレンジ。その都度、チャンスを作り出していく。攻撃だけではない、前線から積極的にボールを追い、とにかく、前へ出るという気持ちを選手に、そしてスタンドに伝え続けた。「１回、２回、３回とミスをしたとしても、もしかしたら、最後の１回でゴールが生まれるかもしれない。それを常に考えてプレーしている」（オズマール）。まさに、それを具現化したプレーだった。そして67分、そのオズマールが同点ゴールを叩きだす。これで試合の流れが大きく変わった。

77分には富山のカウンターから苔口卓也に強烈なミドルを浴びて、再びリードを奪われたが、今度は、その直後にピッチに登場した石津が流れを引き戻す。物心がついた頃からレベルファイブスタジアムに通い続けて福岡でプレーすることを夢にしていた想い。ここまで得点を挙げられなかった悔しさ。勝点を落とし続ける情けなさ。そうした様々な想いを、ただボールにぶつけることだけに集中してゴールを目指した。自身のプロ入り初ゴール、そしてチームにとっての同点ゴールが生まれたのは82分。自身のシュートがこぼれたところを迷うことなく左足を振り抜いた。そして冒頭の逆転ゴール。「普段からの練習の努力が実を結んだ」（前田監督）。石津の想いが結実した瞬間だった。

チームに新しい風を吹かせるオズマール。そして、コツコツと努力を続けることの大切さを示した石津。熱い想いをピッチにぶつけ続けた２人がチームに勝利をもたらした。

一方、敗れた富山にとってはもったいない試合だった。悔やまれるのは、後半立ち上がりの時間帯と、２−１とリードした後の時間帯。それまでは上手く守っていながら、いずれの時間帯も、ラインがズルズルと下がって福岡の攻撃にさらされた。「自分たちの甘さ。勝っているからこそ前へ出なくてはいけませんでしたが、失点をしたくない、守らなければいけないという意識から、プレスが甘くなったり、重心が低くなってしまった時間帯が多くなってしまった」と福田は悔しさをにじませる。

それでも下を向いているわけにはいかない。「いま一番いけないのは下を向くことや、気持ち的に落ちてしまうこと。甘さを捨てて次は勝ちに行きたい」（同）。どんな時でも勇気を持つこと。それがトンネルから抜け出すための鍵だ。

以上

2012.08.23 Reported by 中倉一志