「今日はあまり話すことが無いですね…」と話す中村憲剛の言葉が、この試合の本質を突いていた。試合を支配し、決定機を作り続けた川崎Fができることがあるとすれば、それは決定力を上げること。そう言う以外の言葉がないという試合だった。
川崎Fは立ち上がりから名古屋を圧倒する。「パス回しで」との注釈が必要ではあるが、名古屋を圧倒した。永井謙佑や玉田圭司、金崎夢生を中心とした前線の選手がスイッチを入れ、川崎Fの守備陣に圧力をかける。もちろん、闇雲にプレスに出ているわけではなく、彼らは決まりごとを守り、組織的に追い込む。しかし川崎Fの選手たちは、そうしたプレスにも怯むこと無くパスを回した。ただ回すだけではなく、タテにパスを入れ続けボールを前に進めた。
立ち上がりから回されたこともあるが、名古屋はすぐに自陣に引き下がり、完全に受け身の姿勢を取り始める。守り切るのだという決意がそこから見て取れた。監督会見でストイコビッチ監督は「これが初めての決断だと思います。やはりこのような戦いは理想ではありませんが、現状に合わせなければいけませんでした」と述べ、この日の戦いが彼の理想からは外れた守備的なものだった事を明らかにしている。出場停止やけが人の多さが故に、仕方のないことだったと話したのである。
そしてそんな名古屋に対し、川崎Fは決定機を作り続けた。34分には右サイドを駆け上がった田中裕介がエリア内でシュート。41分には小林悠からのパスを受けた風間宏希がエリア内でシュートを放った。これらの決定機を含め、前半だけで7本のシュートを放った川崎Fに対し、名古屋の前半のシュートはわずかに3本にとどまる。「守って守ってカウンター」を体現した名古屋は、31分に金崎がミドルシュートをポストに当てる決定機を作り出す。川崎Fのパスミスをカットし、高い位置から反撃したこの場面はまさに名古屋が点を奪うならこうした形になるのであろうというものとなった。
0−0で折り返した後半の立ち上がり。多少名古屋が勢いを盛り返したかにも思えたが、じきに川崎Fが主導権を握り決定機を連発する。58分には、左サイドの登里享平からの落としをオーバーラップした山越享太郎がダイレクトでゴール前にクロス。ゴール中央でフリーで待ち構えた小林がヘディングシュートを放つが、これは枠を捉えきれなかった。
65分には登里からのクロスが右サイドにまで流れ、これを大島僚太が丁寧に合わせる。しかしこのシュートは楢崎正剛の手を弾き、ポストを直撃して外れた。
71分、73分には連続してサイドをえぐりマイナスクロスが入る。しかしエリア内に入る選手に上手く合わず、シュートにまで持ち込めなかった。川崎Fにゴールのニオイが漂い続けた後半の、それも川崎Fが攻めまくっていたこの時間帯に、名古屋が一瞬の隙を突く。
パスミスを拾った名古屋が、自陣からパスを繋ぎ左サイドの金崎へ。金崎は伊藤宏樹と対峙した際に切り返した回数を「2回」だったと振り返る。実に冷静なフィニッシャーは、GKとの1対1を迎えると、「股を抜いた」とゴールシーンを説明した。
理想的なサッカーを諦め、現実的にブサイクに戦った名古屋が手にした先制点により川崎Fにスイッチが入る。リスクを取って攻撃に出て、名古屋を攻め崩す機会を伺ったのである。試合終了間際の90分には、中村からのクロスをレナトがフリーでヘディングで狙うが、これは枠を外れる。アディショナルタイムの90+3分にも田中裕からの折り返しをフリーのレナトがヘディングで狙ったが、こちらはクロスバーを叩いた。
なりふり構わずに勝点3を取りに行った名古屋は、それによって川崎Fに試合の主導権を渡すこととなるが「ツキを呼び込むことができました。3〜4回やられたと思うところがありましたが、サッカーの神様は居るのかなと思いました」(楢崎)という神がかり的な試合運びにより、無失点で試合を終える事となった。割りきって、戦って、そして勝利を手にした。
理想を捨てたストイコビッチ監督とは対象的に、相手を圧倒しながらも勝てなかった風間八宏監督に監督会見で疑問が呈されている。つまり「美しくても勝てなければ意味が無いのではないか」という質問である。これに対する風間監督の答えは次のようなもの。
「もちろんそうですけど、これが(勝つには)一番の方法だと思っていますし、実際逆のサッカーをしてどれくらい勝つ確率があるのかと。もちろん難しいことはわかっています」。そして「一番勝つ確率の高いサッカーを目指していく」のだと口にして、内容のあるサッカーを継続させるのだという決意を述べている。
負けはしたが、風間監督にブレはない。そしてそんな風間監督に中村は「これでガタガタいう監督ではないし、チームでもない。もっともっと個々の力を上げていくしかない」と述べて賛意を示している。
以上
2012.08.26 Reported by 江藤高志
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