先にゴールネットを揺らしたのは栃木だった。DFからの縦パスを佐々木竜太がキープし、さらに赤井秀行が右サイドの裏を突く。赤井のラストパスに合わせたのは前節ファインゴールの廣瀬浩二だ。DFのあいだに抜け、GKよりも先に触った廣瀬の2戦連続弾により、栃木が先制する。
ゲームの入りは互角だったと言えるだろう。湘南には決定的なシーンもあった。反面、ミスも散見され、栃木が攻撃に転じる場面も少なくない。19分の先制後は栃木がさらに波に乗りかけた。かたや湘南はいかにリズムを手繰り寄せるか、我慢の時間帯にも見えた。
打開したのはベテランのひと振りである。ゴール正面、やや左寄りから放った古橋達弥のフリーキックは鮮やかな軌道を鋭く描き、ゴール右隅に刺さった。「GKも駆け引きをしていたのかもしれないけれど、真ん中寄りに立ってファーが空いていたので、強いボールを蹴れば入るかなと、思い切って蹴りました」そう振り返った同点弾は、27分に記録された。
ひと振りのタクトによって失いかけたリズムを取り戻すオーケストラさながらに、湘南は古橋のゴール以降ディフェンスの圧が増し、セカンドボールを含めてポゼッションを高めていく。そして、「それにしても東美のゴールは凄かったですね」と、古橋が自身のフリーキックをさて置いて口にした下村のミドルは、同点ゴールから間もない。34分、古橋の素早いリスタートから、駆け上がった古林将太がクロスを送る。ゴール前に出た下村はDFのクリアボールを胸トラップするや左足を一閃、DFのブロックもGKの手もどんな形容をも置き去りにする弾道がゴールに貫かれた。
「いやぁ、やっぱり楽しいですね」4月の負傷から長いリハビリ期間を経て、6月の練習試合のピッチに立った際、こう第一声を口にした。仲間のゴールに、チームの勝利に喜びの咆哮を上げてきた下村は、盟友のゴールに続いて喜びに咆え、さらに子どもが産まれたばかりのキリノをゆりかごで祝した。
湘南の得点はいずれもリスタートに端を発していた。序盤に決め切れなかった決定的なシーンも、フリーキックの先で得たコーナーキックによるものだった。一方、「ボールの失い方でちょっとミスがあったと思うし、2点目のフリーキックに関してはクイックリスタートのようなかたちに対して隙をつくった」と、栃木の松田浩監督は振り返る。栃木にとっては、リスタートに至る流れも含めて悔やまれる材料かもしれない。
後半は結果的にスコアこそ動かなかったものの、互いに次の1点を求めてチャンスを演出した。湘南はカウンターを絡めてキリノや菊池大介、永木亮太らがゴールを脅かし、終盤には4バックにシステムを変えて守備を落ち着かせた。「相手の良さを消しながら自分たちのよさを出していくということに関して違和感なく入れた」と、湘南の曹貴裁監督は選手たちの成長に目を細めた。かたや栃木は最終ラインからの長いボールによって廣瀬を中心にDFラインの背後を狙う。試合終了が迫るなか、パウリーニョのロングボールに廣瀬が反応しPKも得た。だが湘南の粘りもあって決め切れず、互いに攻め合う熱戦に長い笛が響く。
ベテランが存在感を発揮し、湘南は今季2度目となる逆転勝利を収めた。またホームでの栃木戦の勝利は、彼らの2009年のJ昇格以降初めてとなる。加えて、下村に湘南初ゴールが生まれた意義、そして古橋と下村に初の揃い踏み弾が記録された新たな歴史はもちろんのこと、今季初めてボランチの位置からゴールを挙げた意味もまた大きい。
「今季見ていて一番おもしろかったし、一番の出来だった」栃木の松田監督は語っている。何度目だろう、結果とは別の次元で敵将が清しさを滲ませるのは。勝負に白黒はついたものの、両者は息詰まる攻防をスタジアムに届けた。混戦のリーグ、今後さらに厳しい戦いが予想されるなかで、真夏の3連戦の締め括りに得たものはともに小さくない。
以上
2012.08.27 Reported by 隈元大吾
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