●安間貴義監督(富山):
「前節・北九州戦に敗れた後の選手の表情などを見ていると、(残留争いの)プレッシャーによって今回も難しい戦いになると思っていた。しかし、彼らはみなさんの思いを背負い、今までやってきたように攻守にわたり積極的にプレーした。これまでメンタル的には強くなかったチームがプレッシャーの中でもそのようにできたことが勝因だ。難しい対戦相手だったが、選手が信頼関係をもって戦えたと思う。
本当に難しいシーズンだった。勝てない時にも声援をいただいたことが選手の活力になった。サポーターのみなさんにもいろいろな思いがあったと思う。それでも応援し続け、意見し、関わってくれたことに心から感謝している。
上に伸びることはできなかった。しかし地域に根ざすために下には根を伸ばせたのではないかと思う。もっと必要なことは多いと自覚しているし、やらなければならない。しっかり上に伸びていけるように努力していく。
厳しい中で試合ごとに来場者が増え、今日も悪天候にもかかわらず5000人を超すみなさんが来場してくれた。富山からJリーグのチームをなくしちゃいけない、という郷土愛の強さを感じた。感謝するばかりだ。来季もご支援とご声援をお願いします」
Q:残留したものの目標の10位にはほど遠い19位に終わった。シーズン通して負傷者が多かったのが原因なのか。
「当初目標に掲げた10位は、選手全員けがなしで頑張って狙える順位として設定した。シーズン前に朝日が離脱したのからはじまり、そこには苦しめられた1年だった。しかし本当に苦しかったのは選手。ただ、けがで離脱した選手もメンタリティーを崩すことなくチームに協力してくれた。負傷者があると目標達成を狙えなくなる戦力(の低さ)は考えなければいけない。しかし、選手とチームが伸びるためにも顔を上げられる目標が必要。(10位という目標設定が)正解だったかどうかは分からないが、目指していかなければならないところだと思う。
リーグのレギュレーションが変わり、(6位以内のプレーオフに進出して)J1を目指そうというチームが一気に増えた。各クラブの補強が思っていた以上に進んだと感じる。けがはつきものではあるが、繰り返し起こってしまうのは問題だった。同じポジションに集中して負傷者が出る傾向もあった。けがの多さは最後まで続き、今日も足助や福田が出場できるかどうかは今朝まで判断を待たなければならなかった。
残留争いの緊張感がここまできついものであることは、やってみて初めて分かった。厳しい状況下では、負のサイクルに陥りがちになるのだが、選手各自がチームマネジメントを考えて負の方向に走らなかったことが残留できた要因のひとつだと思う。残留というノルマは達成したが、もっと勝ちたいし、声援に応えたい。そのために、やらなければいけないことを整理していく必要がある」
Q:今日の試合で印象に残っているプレーは?
「得点やピンチを防いだところが目立つと思うが、戦う集団である水戸に対し、覚悟を決めてしっかりボール際でプレーし、攻守にわたり積極的にいったチームとしての姿勢が印象に残っている」
Q:残留のために失点を抑える必要があり、加えて負傷者も多かった。守備的になって受け身にまわる恐れもあったのに、選手が積極的にプレーできた理由は。
「負傷者が多くてボランチの2人も違うポジションから引っ張ってきている状況で、[5-4-1]や[4-3-3]の布陣なども試していた。うちは守備的になると、引いてしまってネガティブな印象の試合が多かった。難しい時ほど、攻撃的で前からプレスに行ける選手をそろえたほうがよいと判断した。
選手には、『今までやってきたものが支えになり、裏付けにもなっている。汗をかいてアグレッシブに、攻守にやろう』と伝えていた。このような状況下では、覚悟を決めてやるしかない。今日だけではなく、シーズン中にも言ってきたことだ。僕は監督として来季までの3年契約だったが、実は今季途中でそれを白紙に戻してもらった。現場のトップが複数年ある状況だと、選手も覚悟が決まらないと思ったからだ。自ら姿勢をみせ、選手に要求し、あきらめない強さを求めた。すべてがこの1試合につながったと思う」
Q:監督は年初の会見で「6位以内」も視野に入れたいと話していた。自らの責任についての考えと来季の方針について聞かせてほしい。
「与えられた環境でベストを尽くす。自分自身にも選手にも言い聞かせてきたことだ。『6位以内』については、『負傷者もなく若手も伸びてチームが成長したならば夢をみてもよい』と話した。(負傷者が出て)与えられた環境に穴が空いたならば、埋める努力をする。選手、スタッフは全力で取り組んだ。後ろめたいものはない。『申し訳ない。ベストを尽くした』としか言えない。来季については今、僕から話すべきことではないのでお答えしようがない」
Q:残留することができて安堵の気持ちはあるか。
「試合前は『勝って残留を決めたい』と言ってはいたが、『なにがなんでも残留する。格好が悪くても大敗をしないようにする』との思いだった。とにかく富山にJリーグを残すんだと。
(カターレは)YKK APとアローズ北陸の選手が引っ張り、彼らのファンが多かった。選手が入れ替わり、クラブのサポーターが増えていく必要があった。今季の厳しい戦いの中で、クラブ、サポーター、選手が向き合い、来場者も増えてきた。その光景をみて、Jリーグに残さなければならないという気持ちを強くしていた。最後の1試合もその思いだけだった。
正直、ほっとしている。JFLでHONDA FCの監督時代は優勝が義務付けられていた。甲府ではJ2での昇格争いでの成功と失敗、J1残留争いでの成功と失敗も体験した。しかし、アマとプロリーグの分かれ目の争いは、それら以上に厳しいものだった。勝って泣いている選手もいたように、彼らもしんどかったと思う。(残留のかかった)湘南戦も、北九州戦もみなさんの前で決めようと、今日と同じように気持ちが入っていた。ただ、未熟で努力が必要であり、思いを具現化できないジレンマがあった。彼らが真摯に努力し、チームのために頑張ってきたことはお伝えしたい」
Q:鍛えて強くなる育成型のチームを目指してきたが、底上げはできたか。
「若手が伸びた時に、このチームが強くなると話してきた。木村勝太や森泰次郎といったこのチームで成長した選手が出てきている。トップチームだけではなく、ユースの選手もいる。また富山の高校生とトレーニングゲームをし、富山のサッカーを盛り上げようとしている。若手、そして森のような地元出身の選手が育つようにもっと取り組んでいかねばならない。
個人としての力は上がっている。ただ、同じメンバーで繰り返すことであうんの呼吸も生まれる。チームとしては負傷者が多くてメンバーが入れ替わり、新しいトライはできたが、深みを出すことができなかった」
以上













