こんな緊迫感は、経験した者でないと実感できない。もはや、サッカーという概念を超えていた。
前日練習から、それは感じていた。練習中に僕ら報道陣は中国の公安当局から「明日は何時頃、スタジアムに来るのか」「帰国はチームと同じ飛行機か」「どういう服装で明日は取材するのか」などと細かく質問を受け、練習後のチームは警察の車5台に囲まれたまま、バスでホテルまで向かった。そして試合当日も、スタジアム入口には金属探知機が置かれて手荷物も人も徹底して調べられ、ペットボトルは没収。まるで空港なみのチェック体制だ。
さらにゲートには多数の武装警察や軍の兵士が待機してさらに厳しくチェック。記者席と広島のサポーター席の近くにも多数の武装警察が並び、記者席に入る時はIDだけでなく名前でもチェックを受けた。スタジアム周辺では兵士たちが行進を繰り返し、消防車までスタンバイしている環境。広島のサポーターもまとまってバスで会場に入り、全体で応援席に入場することを求められた。
広島の選手や報道陣、サポーターの安全を絶対に守る、という当局の気迫が感じられたことは、本当にありがたいこと。感謝するほかはない。だが、プロサッカーというエンターテインメントの世界で、あるいは国際試合という交流の場で、こういう環境にならざるを得ないことは残念と言わざるを得ない。突き刺すような怒号、地鳴りのような歓声。そういう「アウェイ」の声援だけなら、まだ平静を保つことができただろう。だが選手たちを取り巻く空気感は、大気汚染という事前情報や厳戒な警備体制も含め、3年前の山東戦の時よりも遥かに異様であった。
そんな「異様さ」が若い選手たちに影響を与えないはずもない。北京国安は確かに前からプレスをかけてきたが、周りが動いてパスコースを複数つくれれば、圧力もかわすことができる。しかし、この日の広島にそういう余裕はなく、いわゆる「はめられた」形となった。北京国安・スタノジェビッチ監督が施した対策は的確で、広島の縦パスの多くは、彼らのいいポジショニングからカットされてしまい、そのままカウンターに。CKから失った先制点も、その源は縦パスを奪われたことだ。いつもの広島ではなかった。
前半から後半にかけてスーパーセーブを連発した西川周作を筆頭に、選手たちはよく耐え、よく守った。そして75分、岡本知剛のシュートのこぼれから石原直樹が落ち着いて決めて同点。しかし歓喜もつかの間、79分にはPIAO CHENGに強烈なシュートを決められて突き放されてしまった。この2点目も、元をただせば中盤で簡単にボールを失ってしまったこと。やってはいけないミスは、必然的に失点につながる。
FREDERIC KANOUTEの柔らかさはカウンターの起点となり、JOFFRE GUERRONの破壊力は刮目せざるをえない。前から行く時・ブロックをつくる時の判断や対人の強さもさすがの経験を感じさせた。
だが、広島の若者たちも決して、北京国安にやられっぱなしではなかった。プロデビュー戦のパク・ヒョンジンは、突破まではできた。野津田岳人のミドルシュートも相手を脅かせた。「そこから先」が主力と若手との差なのだが、それはパクも野津田も十二分に理解していることだろう。幸いにして、広島にはそのお手本となる選手がいる。自分から投げ出さなければ、成長のチャンスはある。
ACLのような厳しい闘いの場に、敢えて若者を起用する森保一監督の「覚悟」に、選手たちは応えなければならない。広島は、育成を宿命づけられたクラブ。そして選手とは、ビリビリするような緊迫感を持った試合を経験すればするほど、成長するものだ。そこには当然、痛みが伴うが、その痛みを指揮官は自らの責任を以て受け止める覚悟を決めている。特別な言葉に出さなくても、起用法を見れば誰もが森保監督の想いはわかるはず。あとは、選手の受け止め方次第だ。
2試合終わって勝点ゼロという状況ではあるが、ブニョドコルと浦項は引き分け。まだまだ混戦に持ち込める可能性はある。高萩洋次郎やミキッチは近々戦列に戻ってくる可能性もあり、森崎兄弟もピッチに立てる状態だ。佐藤寿人やファン・ソッコの復帰時期は微妙だが、それでも3月末には大丈夫だろう。
だが、この貴重なアウェイを体験した若者たちに、ぜひ「リベンジ」を期してもらいたい。そのためにも、主力が戻ってきた後の練習が彼らにとっての勝負。そこで主力メンバーと伍する、あるいは上回るプレーを見せつけて初めて、森保一の覚悟に応えたことになる。そんな姿を待っているのは、指揮官だけではない。厳しいアウェイ環境を共に戦ったサポーターもまた、若者たちの捲土重来を信じている。
以上
2013.03.14 Reported by 中野和也
J’s GOALニュース
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