生命にかけても、守る。
大宮戦の前、増田卓也は水本裕貴に対してそう言い切ったという。そしてその言葉どおりのプレーを実践した。突進してくる富山貴光の勢いに全く怖れることなく立ち向かった増田の執念。「ゴール」という一念を貫いた富山の情熱。二人の、大げさではなく生命を賭したプレーは、サッカーというスポーツの激しさを改めて実感させた。二人の症状が大事にいたらなかったことに、改めて天に感謝したい。
広島移籍後初めてリーグ戦を欠場した西川周作は、増田の奮闘を、広島で見ていた。小川佳純との激突で脳しんとうに陥り、その後のプレーの記憶が飛んでしまった名古屋戦のことも、頭によぎった。動くことすらできず、ピッチに横たわったままの後輩を見て、胸が苦しくなった。「マス(増田)は大丈夫か。家族は、こんな想いでいつも、自分を見てくれていたのか」。試合に出られなかったこと、増田への想い。辛さばかりが、西川の心を支配した。
名古屋戦での脳しんとうの影響もあってACL・北京国安戦を回避した西川は、大宮戦には出場するつもりでいた。しかし、5月3日の練習中に左足ふくらはぎを傷めてしまう。一人では練習場からクラブハウスに戻れないほどの状態だったが、それでも「根性で、大宮戦までに治します」と言い切った。治療とリハビリに集中し、大宮戦前日には遠征の準備も整えた。だが、広島の「至宝」である守護神に、無理を強いたくはない。メディカルとも相談し、森保一監督は西川に遠征メンバーから外すと告げた。「ショックでした」と西川は振り返る。その悔しさに、増田の「事故」が加わった。だからこそ、大分戦への出場意欲は募る。
「トリニータのシャツを着た選手と戦うのは、不思議な気持ちがします」。
大分は、自らの存在を確立させてくれた「育ての親」である。決して移籍を望んでいたわけではない。しかし、クラブの財政状態悪化によって、「少しでも移籍金を残すことができれば」と考えた上での苦渋の決断だった。だからこそ西川の故郷のクラブに対する想いは深い。昨年のJ1昇格プレーオフもテレビで観戦していたのだが、後半途中から心が締め付けられ、試合を見ることもできなくなった。「大分の昇格によって、僕は大きな勇気をもらいました」。大分が歓喜を叫んだその翌日に広島がJ1制覇を果たしたのは、彼にとっては決して偶然ではなかった。
「正直、大分戦で自分がどんな気持ちになるのか、それはわからない」と西川は語る。しかし一方で「今の僕は、自分のコンディションが気になっている状態ですから」とも。感傷よりも「闘いたい」という闘志。「何がなんでも出場したい」という強い気持ちが、守護神から雑念を取払い、集中を際立たせている。
西川周作との初対決を迎える大分は、ここまで公式戦14試合勝利なし。前節は「バトル・オブ・九州」鳥栖戦に2−4と完敗を喫した。大宮戦から最終ラインのメンバーを二人入れ替え、小松塁・森島康仁・高松大樹の「トリプルタワー」を形成するなど、田坂和昭監督のチーム構成には苦心を感じさせた。しかし鳥栖にサイドのスペースを与えてしまい、二列目からの飛び出しにもほとんどついていけない。21本のシュートを浴びての4失点だったが、もっと多くの失点を食らってもおかしくない内容だった。
この敗戦を受け、田坂監督は広島戦のための準備をクローズにする決断を下す。就任3年目で初めてとなる非公開練習に対し、指揮官は「特別な処置。広島戦に向けてメンバーや戦術を明らかにしたくない。試合が終わったら、すべてを話します」と語った。どういう形で戦おうと考えているのか、その全貌はうかがいしれない。ただ、「守備のアプローチなど、もう一度原点に戻る」と監督が語っていたように、前節に崩壊した守備の再構築を図ったことは間違いあるまい。鳥栖戦を出場停止で休んだロドリゴ マンシャも戻ってくるだろうし、メンバーやシステムも前節・前々節から大きく変えてくる可能性もある。右サイドで起点となっている辻尾真二や中盤で奮闘し、J1昇格に貢献した丸谷拓也も、古巣・広島に対して燃える想いを持っているだろう。
「大分は強い気持ちで戦ってくる。球際もいつも以上に激しくなるだろう。だからこそ、まず運動量で負けないこと。メンタルを強く持つことですね」
森崎和幸は大分の勝利に向けての闘志を警戒する。一方で広島も続出するケガ人や離脱者の無念も背負い、熱い気持ちをぶつける決意だ。気持ちと気持ち。闘志と闘志。熱くならないはずもない。
「マスのために」
口調は静か。だが、言葉を発した水本裕貴の瞳は強い決意が満ちあふれ、相手を貫くような鋭さを増していた。
以上
2013.05.10 Reported by 中野和也
J’s GOALニュース
一覧へ【J1:第11節 広島 vs 大分】プレビュー:勝利のために、仲間のために。広島と大分、互いの闘志がスパークする激闘の予感。(13.05.10)















