今季最終節は、栃木がたくましいサッカーを展開し、京都を破った。
メンバーは、栃木が、ボランチに菊岡拓朗、そしてサイドバック右に山形辰徳、左に菅和範という起用。京都は4-4-2で、山瀬功治と三平和司の2トップ。福村貴幸がボランチに入り、左サイドバックに黄大城が起用された。
ゲームは、序盤から栃木が、京都DFのボールを追い込む様なプレッシャーをかけ、京都の自由を奪っていった。7分にCKからクリスティアーノがヘディングで合わせポストを叩き、11分にも左サイドから突破し、放ったボールがディフレクションしながら、バーをかすめるなど、栃木がチャンスを作っていく。
京都も、19分に山瀬がドリブルで中に切れ込みシュートを放ち、32分にも山瀬のシュートからCKを得て、それを三平が頭で合わせるなど、観衆を沸かす。
スコアが動いたのは38分。栃木の右サイドからのクリスティアーノのロングスローを中央の廣瀬浩二が合わせて、逆サイドに流し込み、栃木が1-0とする。
後半、攻勢に出たい京都だが、なかなか攻撃のリズムが上がらない。逆に栃木に再三、左サイドを突破される。50分、52分とサイドから中央へマイナスのボールをパウリーニョに合わせられシュートを放たれる。京都も54分に下畠翔吾からのクロスに山瀬が中央で合わせるもヒットせず。
試合は徐々に攻撃を仕掛けようとする京都とそれをカウンターで狙う栃木の構図に。
そして、79分、京都は栃木に追加点を許してしまう。京都は送ったパスをカットされ、カウンターを受けると、クリスティアーノのドリブルを許し、そのままDFが振り切られゴールを決められてしまう。
0-2にされた京都は攻撃を強めようとするも栃木ゴールをこじ開けられず、追加タイムに入る。ここで、CKから秋本倫孝が今季初ゴールを決めて、京都が一矢報いた形となった。
最終節は、非常に興味深いものとなった。栃木・松本育夫監督のコメントなどから、本当に奇妙な構図を感じ取ることが出来た。
松本監督は、9月13日に監督就任。そこからの10試合を指揮したが、この短期間で選手に何を伝えるのか。試合後の会見で指揮官は「ボールが一個で、11人の選手が勝つために努力するというのがサッカーの基本ですよね。であれば、11人でやるサッカー。これを徹底的に主張しました」と語った。
翻って京都。京都のサッカーはどんなサッカーか?と聞かれた時に、このコメントをそのまま使っても通用するのではないか。
松本監督はこうも言った。「この間の日本とベルギー、オランダとの試合のザックのやり方が、私がやった様な感じ(やりたかったサッカーのイメージ)ですよ。ですから、なんだと、ザッケローニは俺のサッカーの真似をしたのかと冗談を言って―」。日本代表のサッカーが栃木に似ている。実はこれは筆者も同じことを常々思っていた。ザッケローニ監督の良い時のサッカーは京都のそれと似ている、と。一笑に付される考えとは承知だが、松本監督と同じことを感じていたことが判り、心の中で苦笑いをしてしまった。
ハーフタイムコメントを観る。栃木には「ファーストディフェンダーを決めて、コンパクトにしよう」とある。「ファーストディフェンダーを決めて」というのを「しっかりとボールに行って」と置き換えてみても真意はほぼ同一だろう。
「セカンドボールを拾って、ラインを上げていこう」とある。廣瀬は試合後に「セカンドボールや球際のところで、一人行った後に二人目もしっかり行けていたし、高いポジションからプレッシャーかけた後のボールというのも、後ろの処理もしっかりと出来ていたので、そういうところで有利に進められたのかなと思います」と話していた。大木監督は以前に、「人がどんどん湧き出てくる様な」や「ハエがたかる様な」と、京都のサッカーを表現していたが、まさにそれが栃木にあったのである。
松本監督は「11人が、誰もがやらなければいけないという基本的な戦術、それが幹ですよね。それを、一応、私の考えているサッカーということで出しました」と語った。「やるべきことをやる」というのも、京都ではよく聞いた言葉だ。それが幹だということだ。
今節を総論すると、しっかりした幹を持った栃木という巨木と、同じく京都という巨木がぶつかり合ったのが今節の試合だった様に思う。巨木のぶつかり合いで多くぐらついたのが京都という巨木の方だったのではないか。さらに言えば前節の水戸戦も、この幹の勝負だったのだろう。
京都にも幹はある。京都の幹だって太く立派なものだ。だが、それが表現できなかった。「ボールを受ける」「はじく」「消えるな」といった幹は、序盤の栃木のプレッシャーをかわすのに有効だったはずだ。攻撃でも「人が湧き出る様な」「相手の背中を取る」という幹は出せたのだろうか。「ボールに行く」ということはどれくらい強く行くことなのか―。
キザな言い方をすれば「神は7日間で世界を作った。松本育夫は2日間でチームに幹を植え込んだ」となるだろうか。では京都は? 負けていられないだろう。即、幹を取り戻し、もう一度京都のサッカーを、と言いたい。ピラニアの群れが獲物に猛然と喰いかかる様な、そんな獰猛さだ。喰いかかって、喰い尽くして、長崎を骨だけにしたい。そう本気で思えるかどうか、だ。
以上
2013.11.25 Reported by 武田賢宗















