プロ入り前

大久保選手は福岡県出身の38歳。小学校からサッカーを始め、当時全国高校サッカー選手権を制した長崎県の国見高校への憧れから、国見中学校へ進みます。

国見中学校、国見高校とステップアップし、2年生で主力に定着。3年生で不動のエースとなり、多くのクラブから声がかかるまでの選手に成長しました。

地元のアビスパ福岡など数々のクラブによる争奪戦の結果、セレッソ大阪へ加入します。

C大阪で積み上げた実力

Jリーグでの初出場は2001年3月17日。同年にプロ初ゴールも記録しました。

クラブはJ2への降格を経験するも、大久保選手はC大阪に在籍し続け、J1昇格への原動力となりました。

国際大会にも出場し、着実に実績を積み重ね、2004年11月にスペインへ移籍します。

帰国、再びのC大阪

2006年6月、スペインから帰国を果たした大久保選手ですが、チームの状況は苦しく、自身も21試合6ゴールの成績でC大阪はJ2リーグへ降格となりました。

新天地・神戸で心身ともに成長

2007年1月、ヴィッセル神戸へ完全移籍すると、主将としてチームをけん引します。

FWだけでなくサイドでのプレーもこなし、選手としての幅も増やしていきます。

2007年8月には日本代表へ復帰。Jリーグ屈指の実力を持つアタッカーへ成長しました。

高い能力を買われ、2009年1月にドイツへ移籍を果たします。

神戸へ復帰、10番を背負う

2009年6月に神戸へ復帰。同年は19試合で8ゴールを決めました。

2010年にはワールドカップ南アフリカ大会へ出場!主に左サイドで出場し、日本代表のベスト16進出に大きく貢献しました。

2012年には背番号10番を背負いますが、けがの影響もあり26試合4ゴールという成績となりました。

ゴールにこだわり続けた川崎F時代

2013年から川崎フロンターレへ移籍。風間八宏監督の攻撃的なスタイルとかみ合い、キャリアハイのリーグ戦26ゴールを記録しました。

2014年にはワールドカップブラジル大会のメンバーに選出。Jリーグが誇るストライカーの呼び声も高い選手となっていきます。

2013年、2014年、2015年と、史上初の3年連続得点王に輝き、J1最多得点記録の保持者として、現在も記録を更新し続けています。

多摩川を挟んだ"お隣"FC東京へ

2017年からはFC東京へ完全移籍。3月18日には古巣川崎Fからゴールを奪います。

最前線だけでなく2列目からのゲームメイクでもチームに貢献し、J1リーグ28試合で8ゴールを記録しました。

川崎Fへの復帰、磐田への電撃移籍

2018年から川崎Fへ復帰を果たしますが、途中出場が多く2ゴール。

ワールドカップロシア大会の中断中の6月、名波浩監督からの誘いを受け、心機一転ジュビロ磐田へ移籍を果たし、古巣の川崎F相手にゴールを決めました。

しかし、2019年の成績は20試合で1ゴールと、結果は思わしいものではありませんでした。

東京ヴェルディで自身初のシーズン無得点

東京ヴェルディではベテランとして、若いチームを支える活躍が期待されましたがゴールを奪う事はできず、0ゴールでシーズンを終え、オフシーズンに古巣であるC大阪への加入が発表されました。

三度目の古巣C大阪で躍動

15年ぶりとなる古巣への復帰が話題になる中迎えた明治安田生命J1リーグ開幕戦。

先制ゴールをたたき込み、復活の狼煙を上げます。

勢いは止まらず、開幕2試合目には2ゴール、第2節のFC東京戦でもゴール、さらに第4節横浜FC戦でもゴールを決め、5試合で5ゴールを奪いました!

何度も動き直し一瞬でゴールを陥れる、まさにストライカーのお手本のような活躍を見せています!

父親としての一面も

輝かしい実績を持つ大久保選手ですが、父親としての一面も。

SNSにはたびたび家族が登場し、仲の良さを感じさせます♡

衰え知らずのストライカーから目が離せない!

開幕したばかりの明治安田生命J1リーグ。

選手として何度目の春かわからないような活躍を見せている大久保選手。

今シーズンは桜の20番にとってどのようなシーズンになるのか、活躍から目が離せない!