選手時代|日の丸を背負い、ピッチを駆け回った献身的なボランチ

1968年8月23日生まれ、静岡県掛川市出身で長崎県長崎市育ち。現役時代は、主にサンフレッチェ広島のボランチとして長年活躍しました!

豊富な運動量でピッチを駆け回り、ボール奪取や守備のスイッチを入れるアグレッシブなミッドフィルダーでした。キャリアを重ねるにつれ、チームのバランスを取る選手として重宝される存在でした。

日本代表としても活躍し、あの「ドーハの悲劇」をピッチで経験したメンバーの一人でもあります。現役時代から「日本のために」という自己犠牲の精神と、現在の監督像に通じる真面目で献身的なキャラクターで愛されていました☆

監督デビューといきなりの歓喜!広島に初タイトルをもたらす

現役引退後、サンフレッチェ広島やアルビレックス新潟でのコーチ業を経て、2012シーズンに満を持して古巣・サンフレッチェ広島の監督に就任します!

前任のペトロヴィッチ監督(現・名古屋グランパス監督)が築き上げた超攻撃的なパスサッカーのベースを引き継ぎつつ、そこに森保監督ならではの「強固な守備意識」と「最後まで諦めない勝負強さ」をブレンド。

すると、監督就任1年目にして見事にチームの心を一つにまとめ上げ、サンフレッチェ広島に悲願のJ1リーグ初優勝をもたらすという、あまりにも劇的な監督デビューを飾りました☆

Jリーグ史に残る黄金時代!4年間で3度のJ1制覇

森保監督の本当の凄さは、一度の優勝で終わらず、黄金期を築き上げたことです!

翌2013シーズンも、エース佐藤寿人選手や大黒柱の青山敏弘選手を中心とした見事な団結力でJ1を制し、なんとクラブ史上初のリーグ連覇を達成!

相手チームからの徹底的な研究や主力の海外移籍といった困難に直面しても、森保監督は決してブレることなくチームを熟成させます。2015シーズンにはチャンピオンシップを制し、なんと「就任から4年間で3度のJ1リーグ優勝」という、Jリーグ史に燦然と輝く大偉業を成し遂げました☆
この圧倒的な成績の裏にあったのは、森保監督の温かい人間力でした。選手一人ひとりと丁寧にコミュニケーションを取り、出番の少ない選手にも気を配るマネジメントで、チーム内に「ファミリー」のような揺るぎない一体感を作り上げました。

スタメンもサブも関係なく、誰が出てもチームのために身を粉にして走る。そのひたむきな姿は、スタンドのサポーターの心を強く打ちました。

森保監督は常にサポーターへの感謝を忘れず、クラブ全体を巻き込んだ熱い「一体感」を生み出すことで、本拠地エディオンスタジアム広島を幾度となく歓喜の渦に包み込みました◎

日本代表監督へ!熱き愛国心で日本全国と「共闘」する

サンフレッチェ広島での圧倒的な実績が評価され、2020年東京五輪に臨むU-24日本代表監督を務めながら、ロシアW杯日本代表コーチから昇格する形でA代表監督にも就任。五輪代表とA代表の指揮官を兼任しました。

日の丸を背負う重圧の中、強い信念を持ってチームを作り上げ、迎えた2022年FIFAワールドカップカタール大会。グループリーグで優勝候補のドイツとスペインを相次いで撃破する「ドーハの歓喜」を起こし、世界中に日本の底力を見せつけました!

国歌斉唱で涙を浮かべ、ピッチからスタンドへ深くお辞儀をする姿。それは、ブレない「愛国心」と、スタジアムやテレビの前で「共闘」してくれたすべての日本のファンに対する最大限の感謝の表れでした☆
「最高の景色」を目指し、Jリーグが生んだ最高の名将がFIFAワールドカップでどのような采配を振るうのか。
日本中を一つにする熱き指揮官のタクトに、最高の期待が寄せられています!