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【J1-2nd:第2節 広島 vs C大阪 レポート】「満身創痍」の広島を救った、ヴェテラン2人の選手交代(04.08.22)

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8月21日(土) 2004 J1リーグ戦 2ndステージ 第2節
広島 2 - 1 C大阪 (18:30/広島ビ/13,257人)
得点者:'19 古橋達弥(C大阪)、'73 大木勉(広島)、'83 高萩洋次郎(広島)
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「後半の最初から、一気に2人を代えてきた。その広島の変化に、対応できなかったのかもしれない」。
 C大阪・小林監督は、試合後、絞るように言葉をはき出した。小林監督は務めて淡々と語っていた。しかし、「してやられた」悔しさは、覆い隠すことができなかった。小林監督の語る通り、このゲームのターニングポイントは、後半最初に見せた広島・小野監督の采配だった。茂木・木村という若いアタッカーを思い切って下げ、大木・吉田のヴェテランを投入してきたのである。45分で一気に2人を代えるということは、想定してきたゲームプランとしては最悪の部類に入る。さらに、暑さと湿気に満ちた環境でのサッカーにおいて、どんなアクシデントが起こるかわからない。できれば、3枚のカードを切るタイミングは慎重を期したいもの。しかし、小野監督はそのリスクを認識してなお、カードを切ってきた。
 
 実は、後半に投入されてきたこの2人は、決して万全の体調ではなかった。大木は今季ずっとケガに悩まされ、今週の練習でも別メニューを余儀なくされていた。吉田も腰に疲労がたまり、身体の重さに苦しんでいた。ただでさえ、この暑さはヴェテランにはつらい。しかし、それでも彼らの経験と戦う気持ちの強さを信じて、小野監督は彼らを投入したのである。
 大木は、責任を感じていた。期待されて使われても、なかなか結果を出せない自分に、苛立ってもいた。監督の信頼に応えたい。そういう想いが、彼の身体を突き動かす。投入当初から、大木の動きは、まさに「鬼神」だった。DFに、GKに、強烈なプレッシャーをかける。それも「コースを切る」などという生易しいものではない。ボールを奪ってそこからゴールを狙ってやる、という厳しく激しいものだった。まずこのアグレッシブさが、チームのリズムを変えたのだ。
 
 ボールを持つと、そこからは彼の持つ高い技術と戦術眼が、いかんなく発揮される。ベットとの息のあったパス交換から、スペースを見つけると一気にそこを突き、突破を図る。全く前線で基点がつくれず、ボールを引き出すことができなかった前半が嘘のように、広島の前線が活性化した。それは、間違いなく大木のプレイが呼び起こしたものだ。
 同点ゴールは、その大木の質の高い戦術眼が大きくモノを言った。右利きのベットのFKはゴールに向かって巻いてくる。当然、合わせる選手たちもゴールに向かって走る。が、大木だけは一度前に向かう動きを見せた後、スッと後ろに引いたのである。このため、彼はゴール前の狭いスペースの中でもなお、フリーとなれた。その大木の感性をわかっていたベットは、大木の動きに合わせて正確なボールを供給。大木はフリーでヘッドを決めることができたのだ。
「大木は、ずっと質の高い動きでチームを助けていた。あのゴールは、その努力を惜しまなかった大木に対する、正当な報酬ですよ」(小野監督)。
 高萩の素晴らしい逆転ゴールも、きっかけとなったCKを奪ったのは大木の思い切ったドリブル突破から。「この試合のポイントは大木ですね」という記者の質問に、小野監督が「その通りです」と答えたのも当然の活躍。小林監督にとっては、途中で入った大木を止められなかったことに、大きな悔いを残した試合となった。
 
 大木と同時に投入された吉田も、地味ながら素晴らしい活躍でチームを引き締めた。彼の最終ラインでのカバーリングの確かさが、服部を攻撃に専念させたいちばんの要因。服部が高い位置でプレイできることによって、C大阪の右サイドの攻撃がほとんど機能できなくなった。そのことによって、ラインを思い切って高くすることができたし、中盤をコンパクトにする広島本来のサッカーが機能し始めたのである。
 
 故障が続き、試合でも結果を出せず、得点力不足の責任を感じていた大木。シーズンの疲れがたまり、コンディション調整に苦しんでいた吉田。若手の台頭もあり、メンバー落ちの危機にすら瀕していた2人のヴェテランが、チームを救った。彼らは2人とも、決して順調なサッカー人生を歩いてきたわけではない。2000年冬、大分に解雇された大木は、所属するクラブを見つけることができず、家族のために就職しようと職業安定所に通っていた。吉田にしても、3つのクラブから解雇された経験を持ち、昨年は前十字じん帯断裂の重症を負った。それでも、彼らは最後にはサッカーを捨て切れず、プロサッカー選手としての人生をあきらめなかったのだ。
 
 駒野が五輪で左鎖骨骨折の重症を負い、さらにチアゴの復帰の目処がたたない。盛田も負傷した。「満身創痍」(小野監督)となった広島にとって、もしこの試合でC大阪に敗れてしまったら、底の見えない奈落へと落ち込む可能性すらあった。その大ピンチを救った2人の男。彼らが共にサッカー人生で地獄を見た経験を持っているのは、決して偶然ではない。


以上

2004.08.22 Reported by 中野和也
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