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文字通り「3度目の正直」。2004年からの4年間で実に3度のCAFチャンピオンズリーグ決勝を戦ったエトワール・サヘルが、2007年、3度目の挑戦にしてついに初の優勝をもぎ取った。過去に獲得してきたCAFカップ、CAFカップウイナーズカップ、アフリカスーパーカップと合わせると、これでアフリカ大陸大会における可能な限りのクラブタイトルを全て制覇したことになる。
各国リーグのチャンピオンが大陸ナンバーワンクラブを目指してしのぎを削る大会、CAFチャンピオンズリーグ。ところがエトワール・サヘルは、決勝に進出した3度の大会全てを国内2位として参加している(2004・2005・2007年)。幸いにも2007年5月に終了した前シーズンは国内リーグを制したから、2008年1月末から始まる次のCAFチャンピオンズリーグにはリーグ王者として堂々と出場することが出来る。とはいえCAFチャンピオンズリーグ優勝チームには、自動的に次回大会の出場権が与えられるのだが。
そしてこの3年間、国内リーグで常にサヘルのひとつ上に立っていたのは首都チュニスに本拠地を構えるエスペランス・チュニスだ。むしろチュニジアサッカー界全体が、過去10年に渡ってエスペランス・チュニスの独裁状態だったと言える。CSスファクシャンがリーグ優勝した2004/05シーズンを除いて、1997/98シーズンから2005/06シーズンまでの9年間で7連覇を含む国内リーグ優勝8回。しかもベン・アリー大統領の娘婿が会長を務めていた時期とも重なり、スポーツレベルだけでなく、政治レベルでもエスペランス・チュニスが大いなる権力を振るっていた。つまり昨季のエトワール・サヘルは、一極独裁を打ち破って、1996/97シーズン以来となる10年ぶりの国内チャンピオンに輝いたのだ。
国内リーグ優勝に導いたチュニジア人のベンザルティから、フランス人のベルトラン・マルシャンが監督の座を引き継いだとき、エトワール・サヘルはすでに2007年CAFチャンピオンズリーグ準々決勝リーグへの進出を決めていた。欧州サッカーにならって7月から5月まで開催されるチュニジア国内リーグとは違って、CAFチャンピオンズリーグは1月末に始まる。アフリカの灼熱の真夏を特に避けるでもなく試合が行われ、10月末から11月上旬にかけて決勝のホーム&アウェイで閉幕するため、チュニジアのクラブにとっては監督や選手の変更は避けられない。エトワール・サヘルもマルシャン監督と同時に、選手も新たに7人が加わっている。
2007年大会1回戦免除のエトワール・サヘルは、2回戦フェロ・スター(ギニア)戦と3回戦マラナタFC(トーゴ)戦をそれぞれホーム&アウェイで5-1、3-0と圧勝。ベスト8が4チームずつ2組に分かれて総当り戦を繰り広げる準々決勝リーグでは、抽選によりアル・イテハド・トリポリ(リビア)、JSカビリ(アルジェリア)、FARラバト(モロッコ)と共にグループAに振り分けられた。そして初戦、FARラバトとのアウェイ戦。相手チーム3人の退場にも助けられる形で勝ち点3を獲得し、好調なスタートを切った。
続くホーム戦はスコアレスドローに終わったが、JSカビリとの連戦(第3節・第4節)で勝ち星を重ねると、2試合を残して準決勝進出条件であるグループ2位以上をあっさりと決めた。さらに第5節でFARラバトとのホーム戦を0-0でやり過ごすと、グループ1位の座を確定。当然、残る最終節はエトワール・サヘルにとっては単なる消化試合となり、ホームで0-2と力なく終わっている。
準決勝の対戦相手は、Bグループ2位のアル・ヒラル・ハルツーム(スーダン)。広大なサハラ砂漠を南下して向かった敵地スーダンで行われた1stレグは、1-2で落としてしまう。そして迎えた10月6日、ホームのスースで開催された2ndレグでエトワール・サヘルを救ったのは19歳の若きストライカー、シェルミティだった。2-0のリードから後半開始10分でスコアを2-1と戻された、つまり1戦目と合わせると3-3の引き分けに追いつかれた直後の、決勝進出を決める鮮やかな“フライング”ヘディングシュート。先制点と合わせて今試合2得点目、大会通算7得点目となるシェルミティのこのゴールが、2年ぶり3度目のCAFチャンピオンズリーグ決勝への扉を開いた。また2003年アフリカカップウイナーズカップ決勝(優勝)、2006年CAFカップ決勝(優勝)を加えると、エトワール・サヘルにとっては5年連続となる大陸クラブ大会の決勝進出である!
しかしサヘルにとって、過去2度のCAFチャンピオンズリーグ決勝は屈辱の記憶でしかない。2004年エニンバFC(ナイジェリア)との決勝はホーム戦2-1、アウェイ戦1-2と180分間では決着がつかず、敵地で行われたペナルティー合戦に5-3で敗れた。2005年はアフリカ最強アル・アハリ(エジプト)相手に、地元スースでは0-0と苦しめられ、敵地カイロで0-3と大敗を喰らった。そして2007年決勝の相手は、再びアル・アハリに決まった。しかもスース開催の決勝1stレグは、またしてもスコアレスドローに終わってしまう。一説では「5000万人のサポーターを誇る」と言われるアル・アハリ。そのサポーターたちが大挙して詰め掛けるカイロ・スタジアムで行われる2ndレグ開始前に、大方の関係者がアル・アハリの優勝を確実視していたのも当然なのだ。
さらにエトワール・サヘルにとって不利だったのは、キャプテンであり、センターバックのゲザルがイエロー累積で、ベテラン左サイドバックのメリアーが1stレグのレッドカード退場で、それぞれ出場停止処分が下されていたこと。代わりに経験の少ない20歳のジメルと21歳のベジャウイを起用せざるをえなくなり、エトワールイレブンは不安を抱えて2戦目をスタートを切った。
しかし、守備を後ろから支えるGKのマトルティがナイスセーブを連発。さらに中盤でうまくスペースを潰して前半30分を凌ぎきると、エトワール・サヘルは次第に自信を取り戻していった。そして前半ロスタイム。積極性を増しつつあったエトワール・サヘル攻撃陣から、MFガルビがオフサイドギリギリで飛び出すと、衝撃的な先制ボレーシュートを叩き込んだ。
後半開始直後、アル・アハリは猛攻を仕掛けてくる。サポーターの大声援に押されて、わずか後半4分であっさり同点に追いついてきた。勢いに乗った“レッド・デビルス”を前に、エトワール・サヘルももはやこれまでか……、と誰もが思ったその10分後、アル・アハリのDFナハスがレッドカード!またしても流れは変わった。センターバックを欠いたアリ・アハリは、必死に守りを続けたが、時計の針が90分を過ぎるころ限界が訪れた。ロスタイムに突入した92分、中盤でボールを奪ったシェルミティがGKとの1対1を制して見事なゴール。さらにその直後には、MFアリ・ナフカがダメ押しの3点目で、アル・アハリのCAFチャンピオンズリーグ3連覇の夢を完全に奪い去った。そして見事に2年前のリベンジを果たしたエトワール・サヘルは、敵地で念願の優勝トロフィーを天に掲げたのだった。
試合終了の笛と共にスースの町は歓喜のサポーターで溢れ、選手たちが凱旋帰国を果たした際には、モナスティール空港からスース市街地へと続く20kmの沿道はお祝いに詰め掛けたファンでびっしり埋まったという。その空港では、ベン・アリー大統領からメッセージを託されたスポーツ大臣が選手たちを出迎えた。「アフリカ大陸の大会、その上の国際大会において、これからもさらにチュニジアの国旗を高く高く掲げてくれることを願います」。こんなメッセージを胸に、エトワール・サヘルのイレブンは12月の日本へ乗り込む。
Reported by 宮本あさか
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