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■AリーグとAFCチャンピオンズリーグ
2005年Aリーグ開幕の年、オーストラリア・サッカー協会はオセアニア・サッカー連盟(OFC)からアジア・サッカー連盟(AFC)への移籍を決めており、2007年のAFCチャンピオンズ・リーグ(以下ACL)にはAリーグのレギュラーシーズンチャンピオンと上位4チームによって行われるグランドファイナルの勝者の2チームを出場させる事になっていた。そしてこのシーズン、アデレード・ユナイテッドFCは勝ち点43、2位のシドニーFCに大差をつけてAリーグの最初のレギュラーシーズン王者を獲得し、2007年のACL出場を決めている。
■アデレード・ユナイテッドFC 07年08年ACL出場権獲得の経緯
2007年のACL出場権を獲得したアデレード・ユナイテッドはAリーグ06/07シーズンでは開幕戦、2戦目をアウェイで落とし、その後も点の取れない苦しい戦いを強いられた。しかし最終的にはレギュラーシーズンをメルボルンに大差のつけられた2位で終え、続くファイナルシリーズでも準決勝でニューカッスルをPKの末下し決勝に駒を進める事になる。決勝戦の相手はレギュラーシーズン1位のメルボルン。この時点でアデレードは決勝の結果を見るまでもなく2008年のACL出場を獲得してしまった事になる。そして決勝戦の結果は6−0の大差でメルボルンに敗れてしまった。まるで2008年のACL決勝戦でG大阪に負けても勝ってもFIFAクラブワールドカップ(以下FCWC)に進出できるといった状況のデジャヴーを見るかのようであった。
アデレードは2007年2月のAリーグ終了時点で、07/08と2年連続のACL出場を決めてしまったことになる。レギュラーシーズンが8月に開幕するAリーグのチームにとって、ACLの予選ラウンドはシーズン終了直後から始まるために選手の移籍時期にあたり、前年の戦力を維持しにくい。逆に国内の日程を気にしなくて済むために体調の管理がしやすいというメリットがある。ただ大きな補強もないままにACL 予選ラウンドに突入したアデレードはAリーグの戦い方をそのままACLに持ち込んだ。手探り状態で相手の戦術を見極めるような守備的な戦い方は攻撃のタイミング失うことになり初戦ホームで行われた山東魯能(中国)戦に0−1で惜敗してしまう。それが最終的に予選敗退につながってしまった。浦和がシドニーFCと死闘を繰り広げているグループEと比較するとアデレードのG組はベトナムのドン・タム・ロン・アンを除く3チームの実力が拮抗しており、いかにホームで負けないかが鍵だった。
■08年Aリーグレギュラーシーズン
08年のACL出場を決めてしまっていたアデレードは07年ACLの予選ラウンド後半の好調さを維持し、2007年のプレシーズン・カップのタイトルを奪取する。しかし8月に開幕したAリーグのレギュラーシーズンに入ってから各チームは接戦を続け、なんと最終節である21節を前に4チームが勝ち点で並んでしまう事態となった。これはオーストラリアの他のプロスポーツリーグにも前例のない出来事で、4チームが優勝の可能性を残したまま最終21節を迎えることになった。
最終的にこのシーズンを制したのはセントラルコースト・マリナーズであったが、首位から8位までの勝ち点の差はたったの14点、首位と6位アデレードまでは8点であった。これは前年度の首位メルボルンから2位アデレードの勝ち点の差が12点であったことを考えると驚異的な接戦のシーズンだったと言える。6位でレギュラーシーズンを終えたために08ACLの戦前の下馬評ではアデレードは決勝ラウンドどころか予選も勝ち抜けないのではないかと予想された。しかし、前年のACLで勝つための経験を積んでいるアデレードはACLでの戦いに主眼を置いてレギュラーシーズンを上位4チームで争われるファイナルシーズンに参加しない5位以下でフィニッシュすることを考えていた節がある。それを2007年10月22日の衝撃的な出来事が裏付ける。
2007年10月20日 の第9節アデレードはシドニーFCとアウェイシドニーで対戦している。それぞれのチームを率いるのはアデレード、ジョン・コスミナ対するシドニーFCはブランコ・コリーナだった。試合結果0-1でアデレードの勝利、監督のジョン・コスミナは試合後の記者会見もいつものように淡々と冷静な試合分析を語っていた。その2日後、シドニーFCの監督ブランコ・コリーナが解任更迭され、新監督は2日前に相手チームの監督として戦ったジョン・コスミナであることがアナウンスされた。ジョン・コスミナはアデレード・ユナイテッドFCが設立された2003年からアデレードを率い、Aリーグが開幕してからも3つのタイトルに輝き、2年連続してACLの出場権を獲得するなど安定した成績を残していた。その監督がライバルチームにシーズン中の移籍を決めるのは、相手チームの監督の成績不振による解任劇だけが原因ではない。むしろチーム首脳との軋轢だったとその後多くのメディアが報じることになる。その軋轢とはレギュラーシーズンをACLの準備期間にあてるといった首脳陣の要求だったのではないだろうか。
■2008年AFCチャンピオンズリーグ予選リーグ
08ACLの予選ラウンドでは昨年の反省点からホームで負けない、アウェイで引き分ける事に重点が置かれた。レギュラーシーズンのデータからアデレードは攻撃のチームだと思われがちだ。しかし、その攻撃方法が優秀なストライカーを擁する他のチームとは若干異なる。07/08のAリーグレギュラーシーズンで全チーム最高の31のゴールを奪った事から攻撃型チームと評される事が多いが、得点ランキングのベスト10には一人の選手も名前を連ねていない。これは07-08シーズンの覇者セントラルコーストが二人で全得点の半分を稼ぎ出し、ファイナルシリーズの勝者ニューカッスルがたった一人で約半分のゴールを奪い取っていることと対照的だ。つまりアデレードの攻撃はどんな形でも得点できる柔軟性を持っていることになる。そんなアデレードはスタイルの無さが特徴的な分析スタッフ泣かせのチームと言えよう。結果として予選突破が最有力視されていた韓国の浦項スティーラーズに2勝し決勝ラウンドに駒を進めることになる。
■2008年AFCチャンピオンズリーグ決勝トーナメント
決勝トーナメントに豪州勢として初めて進んだアデレードは、準々決勝でまず鹿島アントラーズと対戦することになる。Aリーグが8月に開幕したばかりなのに対して、日本のJリーグはすでにシーズンの折り返し地点を終え鹿島はその首位にいた。その鹿島の怒涛のシュートラッシュに耐えながら、貴重な一点をものにし、前半終了間際にオウンゴールで追いつかれはしたものの、終わってみればアウェイでの引き分けと予定どおり、しかもアウェイでの点数がものをいう決勝トーナメントだけにこの得点は大きな意味を持った。
翌週鹿島をホームに迎えた2戦目では前回同様再三にわたる鹿島の攻撃をしのぎ切り、後半にワンチャンスをものにした。その瞬間シドニーオリンピック以降初めて満員の観客で埋まったスタジアムは信じられないという表情から一転歓喜の渦へと変わった。準決勝に駒を進めたアデレードを待ち構えていたのは直前に元日本代表監督ジーコが監督に就任したクルヴチ、ガス会社を親会社に持つウズベキスタンのこのクラブは圧倒的な経済力を背景に国内リーグ、ACL予選を勝ち上がってきた完全なダークホース的な存在だった。セパハン(イラン)、アル・イテハド(サウジアラビア)の2強を抑えての決勝トーナメント進出となった。決勝リーグでは日本勢(鹿島、浦和、G大阪)との対戦を予想してジーコを招聘したが、対戦相手はアデレード、お互いにホームでの試合を落とすがアウェイでの得点差が功を奏しアデレードが勝ち上がることとなった。
■2008年AFCチャンピオンリーグ決勝
11月5日大阪、11月12日アデレードで行われたG大阪との決勝戦。結果だけみれば3−0、2−0とアデレードの完敗であった。しかし、2007年のファイナルラウンド決勝を前に、ACLの出場権を獲得してしまったのと同様(決勝での対戦相手レギュラーシーズン1位のメルボルンが既にACL出場を決めているため、グランドファイナルの結果に関係なくアデレードは08ACLに出場できた)に既にFCWCの出場が決まっているアデレードは、FCWCでのG大阪との再戦のためのデータ収集にこの試合をあてた可能性がある。
オーストラリア国内ではこの決勝戦のあと、Aリーグのサラリーキャップ制の問題が取り質された。安い年俸では国際大会に勝利できないといった論調である。仮に勝ってしまっていたらどうだろう。サラリーキャップ制があっても十分に国際大会に通用するといった協会寄りの論調になってしまわなかっただろうか。
いずれにせよ、その結果は12月に日本で行われるFCWCのアデレードの戦い方次第ではないだろうか。G大阪を破って欧州代表のマンチェスター・ユナイテッドとの対戦ともなれば、同じく問題となっている国内の優秀な若手選手の海外流出(特にイングランドプレミアリーグ)に一石を投じることになるかもしれない。
Text by Masashi Yamashita / Mega Expression Pty Ltd
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