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【J1:第8節 仙台 vs 浦和】レポート:ホームでも見せた慎重さが、ユアスタに史上最大の歓喜の瞬間をもたらす。耐えて、浦和戦の初勝利を獲得(11.04.30)

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4月29日(金) 2011 J1リーグ戦 第8節
仙台 1 - 0 浦和 (14:04/ユアスタ/18,456人)
得点者:40' 太田吉彰(仙台)
スカパー!再放送 Ch185 4/30(土)深00:30〜
totoリーグ中断期間を振り返るJ1編
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ようやくこの街が取り戻したホーム戦に、千葉直樹さん(もう現役ではないため「さん」をつけなくてはならないことに、未だに違和感はある)の姿があった。
昨年をもって、仙台のみで過ごした15年間の選手生活を終えた彼だが、それはつまり、リーグ戦全10試合で未勝利という対浦和戦の歴史を全て知る、ということでもある。だからこそこの勝利に喜びひとしおかと思い、試合後尋ねた。「僕がいなくなったから勝てた」と冗談で口を開いた後、改めて彼はこう続けた。「でも、本当にいいチームになってきているんだなと思いました」
 
前節の川崎F戦は、震災後ようやく再開されたリーグの初戦で見事な勝利を収めたという意味で、全ての仙台サポーター、そして被災地の人々にとって大きな一戦だった。もちろん、震災で延期されたホーム開幕戦でも勝利をもぎとったこの日も、川崎F戦と同様に意義深い一日となったのだが、それに付け加えるのだとすれば、千葉さんと同じく「過去からの苦い歴史」を知る古株のサポーターにとって、浦和についに勝ったという事実の喜びは計り知れない。
リーグ戦初対決は、浦和唯一のJ2シーズンだった、2000年4月のJ2第8節、場所は今回と同じ、仙台スタジアム(現・ユアテックスタジアム仙台)。それ以来11戦目、期間にして11年後の同じく4月に、仙台はまた一つ壁を越えて見せた。

本来、ホーム開幕戦となるはずだった第2節の名古屋戦の日から数え、49日遅れで戦いが戻ってきたユアテックスタジアム仙台。いつものように(これはこれで、あちらの「流儀」だったのかと思う)アウェイ側スタンドに声と跳躍でのうねりを生み出す浦和サポーターに対し、仙台のサポーターも入場前のファンファーレ「闘志躍動」、そしてもはや仙台復興のテーマに等しい意味を持つに至った「カントリーロード」の際は、バック、ゴール裏のサポーターだけでなく、文字どおりスタンドの全エリアの観衆が立ち上がり、左右の者同士繋ぎ合った手を天に掲げる。戦前から、ただならぬ一戦の空気感がスタジアムに充満していた。

だが、試合結果の要因だけ先に言及すれば、仙台の選手が、サポーターが示していた試合の意味を十分に理解しつつも、一方で冷静さを失わなかったことだといえる。
浦和は前節、昨年の王者名古屋に対して3−0の大勝を収めたが、その時冴え渡ったのが、奪ってから一気にトップスピードへと乗るカウンターだった。しかしこの日の仙台は、統制のとれた戦いぶりで、浦和に自慢のスピードを出させない。ボールが浦和に渡る度に、仙台の選手たちはスッと自陣へ引き、4−4−2のブロックを構築する。興奮のままに前へ出たい気持ちを押し殺し、仙台が戦前からの狙いを遂行し続けたことで、浦和は最終ラインで回す時間が増えるが、なかなか攻めの糸口を見つけることができない。
こうした仙台の戦いぶりを、浦和・ペトロヴィッチ監督は「10チームいたら9チームほどは、引いて守ってカウンターをしてくる」という言葉で評していたが、とはいえただただ自陣にこもっていたわけでもなく、マルシオ・リシャルデスには角田誠が、エジミウソンには曹秉局が、ボールが入る度に厳しくチェックを試み、中央部では決して浦和の自由にさせなかったことも大きかった。攻撃陣は相次ぐFWの離脱で計算外の事態となっている仙台だが、一方で新加入選手が額面通りに働いている守備は、ここに来て仙台のストロングポイントとなりつつある。
それでも長いボールでの攻めではなく、足元への繋ぎに不必要にこだわってしまった浦和は、いよいよ球の出しどころがなくなってくる。最終ラインのスピラノビッチが、無理に中央部にボールをつけようとして、それを狙っていた仙台の守備にボールが引っ掛かり出す。この状況に、浦和は焦れ始めていた。

そして40分だ。仙台は鎌田次郎が最終ラインから、右前方へ長いボールを送る。DFラインが上がりすぎていた浦和、苦しい応対となった宇賀神友弥のクリアは梁勇基に詰められるものの、そこで跳ね返った球はゴールラインを割るか…に思われた。しかし強烈なバックスピンが懸かっていたボールは、バウンドとともに手前に戻り、この球をただ一人諦めずに追っていた梁の足元へ。そこからの狙い澄ましたセンタリングの先には、慌てる浦和守備陣の隙を突き、ゴール前で冷静にポジションを取っていた太田吉彰の姿があった。この日は2トップの一角としてプレーしていた太田は、渾身のヘッド(本人曰く、プロ入り後2点目の、頭での得点)をゴール左に流し込む。

ビハインドとなった浦和は後半開始から、田中達也を下げて高崎寛之を投入。より直接的に、ボールを前線へ供給させようという意図をペトロヴィッチ監督は示したが、さらに集中が高まっていった守備陣は必死に耐える。終盤の明らかなパワープレーに対しても、センターバックもこなせる角田が高さとして一枚加わったことで、比較的冷静に対応できたし、それでも時折入って来るきわどいボールは、DFが文字どおり身体を張って跳ね返した。アディショナルタイムには朴柱成が「一瞬、意識を失っていた」状況になる(その様子を見た林卓人が、素早くベンチに×印を出した)ほどの、ゴール前での激しい接触によって一時ピッチを退くが、1人少なくなった状況下でも、仙台は守りきった。

冒頭で語った2000年4月の浦和戦は、前半のうちに仙台が2−0とリードするものの、そこから同点に追いつかれ、(当時は存在していた)延長戦で敗れた。これを筆頭に惜しい試合は何度もあったが、その都度浦和戦での勝利が手のひらからすり抜けていた仙台。
だが、今季で采配4年目となる手倉森誠監督が植え付けた手堅さ、そのサッカーを地道にこなした選手の冷静さ、そしてやはりこの試合では、普段にも増して勝利を切望したスタンドの…いや、スタジアムに入りきれなかった仙台の全サポーターの思いによって、仙台は節目のホーム戦で、新たな歴史を作って見せた。
 
以上
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