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【2011Jリーグヤマザキナビスコカップ】My First Story No.1 前田遼一(磐田)(11.06.05)

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6月5日(日)からの2011Jリーグヤマザキナビスコカップ開幕を記念して、これまでにサッカーマガジン、サッカーダイジェスト、エルゴラッソ、などで掲載された「My First Story」をJ's GOALでもご紹介します!
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『初ゴール』と『初タイトル』を獲得ヤマザキナビスコカップが転機だった

挫折を乗り越え、サッカーに取り組む姿勢が一変した。Jリーグ史上初の2年連続得点王を獲得した前田遼一は、ヤマザキナビスコカップを転機に成長を続けてきた。

プロ2年目の2001年8月にヤマザキナビスコカップ市原戦でプロ初ゴールを決め、確かな一歩を踏み出した。しかし、2002年6月のヤマザキナビスコカップ仙台戦に落とし穴が待ち受けていた。後方からの悪質なチャージで右膝半月板損傷。この大怪我をきっかけに、人生のすべてをサッカーのために捧げるようになった。練習前にただひとりウォーキングで身体の準備を行ない、一つひとつのメニューを全力でこなす。試合への集中力も凄まじく、日頃の態度も修行僧を思わせる。

プレースタイルも大きく変わった。本来はドリブラーで、加入当初は中盤での出場もあった。万能型ストライカー誕生の起源はふたりのFWにある。中山雅史(現札幌)と高原直泰(現清水)。前田はふたりの偉大な先輩の背中を追いかけてきた。中山からはボールへの執念と献身的な守備、高原からもポジショニングとゴールへの嗅覚を学んだ。当時コーチを務めていた柳下監督は「前田はボール扱いが上手く、パワフルだったが、運動量は今の半分だった。身近にいた先輩が、良い手本になった」と振り返った。

磐田が12年ぶりの王座に就いた昨年のヤマザキナビスコカップ決勝。広島との120分間の死闘は、前田の独壇場だった。後半終了間際にヘディングで同点弾を決めると、延長後半にも左足でダメ押しゴールを奪い、見事MVPに輝いた。ゴールシーンだけでなく、スペースにボールを引き出す動きや、前線からのプレッシングなど、チームへの貢献度は高く、「90分過ぎから凄みが増した」とクラブのフロント陣を唸らせた。

日本代表として栄冠を勝ち取った1月のアジアカップでも刺激を受けた。29歳にして初めて国際Aマッチの真剣勝負でスタメンを張り、「まだ自分の力不足を実感したけど、楽しめた。またあの緊張感を味わいたい」と語る。
磐田の前田から、日本の前田へ。より高い目標を自らに課した。開幕したJリーグで3年連続得点王の期待も集まる。まだコンディションは100%ではないが、「出た試合は必ず得点を決めたい」とゴールへの意欲を高めている。

進化を続けるストライカー。今年のヤマザキナビスコカップも、磐田の背番号18のプレーから目が離せない。

週刊サッカーダイジェスト 3月15日発売号

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☆CHECK!☆弱点の少ない得点王
昨季、得点王を分け合ったケネディとの身長差は“11cm”。しかし頭でのゴールが9ゴールとケネディ(8ゴール)を上回り、さらに左足で5ゴール、右足で3ゴールと、利き足ではない左足でのゴールが多く、弱点の少ないFWでもあるのだ。

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■プロフィール■
PROFILE まえだ・りょういち/1981年10月9日生まれ、兵庫県出身。183cm・8kg。リバースジュニア−暁星中−暁星高。Jリーグ通算232試合101得点、日本代表通算13試合5得点(3月12日時点)。2009年得点王&ベストイレブン、2010年得点王&ベストイレブン、2010年ヤマザキナビスコカップMVP。
Jリーグ2年連続得点王は史上初。今年1月のアジアカップ優勝にも大きく貢献した万能型ストライカー。

★2011Jリーグヤマザキナビスコカップ特集(スポーツナビ)
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