広島の若手が躍動した。川崎Ｆの新外国籍選手＝レナトとジェシのプレーは、迫力に満ちていた。
だが、この試合はやはり、佐藤寿人に尽きる。３月12日に30歳を迎えた偉大なる紫のエースの特異な能力が、広島に勝点１をもたらした。

この日、疲労も考慮されてベンチスタートとなった佐藤はセットプレーによる失点直後にベンチに呼ばれ、62分に登場。その２分後、ドリブル突破からＣＫを獲得。69分には見事なスルーパスによって清水航平のクロスを導き、決定機を演出。必死の頑張りを見せていた広島の若者たちをさらに鼓舞する躍動を見せ、チームを勢いづけた。

85分、小宮山尊信の突破を絶妙のタイミングで止め、ボールを奪ったファン・ソッコから、森脇良太にパスがつながった。広島の夜空に舞い上がった森脇のクロス。クリアしようとジェシが飛ぶ。だが身長で11センチも劣る石原直樹が、抜群のバネを活かして「川崎の壁」と競り合った。そのこぼれを拾ったのは青山敏弘。広島ボールが続く。
実は森脇のクロスが入る直前まで、ジェシが佐藤を捕まえていた。だがクロスに彼が対応し、石原との競り合いによってクリアしきれなかった結果、川崎Ｆの守備の重鎮は広島のエースから引き離されてしまった。それは広島側から見れば、「どういう状況でも諦めず、ボールに厳しくいく」という森保イズムがチームに浸透していることの証明。そしてここからが、佐藤寿人という男の真骨頂である。

青山にボールがこぼれ落ちてきた瞬間、佐藤は森下俊のマークを受けていた。だが佐藤は、ボールも見ないといけない森下のスキを巧みにつく。
紫の11番はまずゴール方向へと数歩、サイドステップを踏んだ。森下がそれに対応し、右足に重心をかけたその瞬間、佐藤は逆方向にステップを切ってマーカーから身体を離す。さらに青山とアイコンタクトをとりながら、バックステップを踏んで森下の視界から消えた。得意中の得意＝「消える動き」である。
それでも、そのままクロスが入ってくれば、森下は対応できたかもしれない。ところが、青山がボールを蹴ろうとした瞬間、石原がスッと中に入ってきた。この動きによって、森下は佐藤へのマークを続けることができなくなった。
かつて何度もゴールを生み出し、ホットラインを形成していた青山と佐藤の関係。佐藤がどういうプレーを選択するか、この日のゲームキャプテンを務めた背番号６はよくわかっている。青山のキックの質もまた、紫のエースはわかっている。完璧なクロス。完璧なヘッド。U-23日本代表ＧＫである安藤駿介も、なす術がなかった。

さらに広島は攻め立てる。90+３分、この日何度も１対１を仕掛けてチャンスをつくった清水航平、最後の突破。田中裕介が必死に対応するも、クロスが入る。
ファーサイドに流れた。森脇だ。マイナスのクロス。野津田岳人、ダイレクトで叩いた。
ビッグアーチを覆う悲鳴、歓声。
だが、利き足ではない右足で放ったシュートは、ポストの横をなめるように、ゴールの外へと転がった。

勝点２を失った印象が強い川崎Ｆは、やはり「移動の疲れ」が響いたことは否めまい。日本全国で猛威を振るった「春の嵐」の影響で移動の新幹線が動かず、新大阪駅で足止めを食うアクシデント。結局、試合前日の夜遅くに広島に着いたものの、長時間の移動で選手たちに疲労が蓄積した感はある。実際、後半のシュートはゴールしたジェシの１本のみ。レナトの素晴らしいＦＫとジェシの位置どりの巧みさが輝いた先制点だったが、それ以外で決定機はつくれなかった。前半だけで４本のシュートを放った矢島卓郎も、後半はチーム全体の重さの中で埋没し、輝きを継続させることはできない。残り５分での失点によって勝点２を失い、心身の疲労をさらに倍加させた。ただ、日曜日にはＦ東京との決戦が待っている。しっかりとコンディションを立て直し、多摩川クラシコに向けていい準備を積み重ねたい。

リーグ戦から５人のメンバーを替えて臨んだ広島だが、抜擢された若手が素晴らしい活躍を見せた。特にファン・ソッコの爆発的なプレーや清水航平のカミソリのようなドリブルが、サポーターを熱狂させた。心配された「選手層の厚み」が若手の台頭によって解消されるのではないか、という期待も抱かせた。
それにしても、やはり最後は佐藤寿人。これで公式戦５試合４得点。爆発を続けるエースには、あと２点と迫ったＪ１通算１００得点がくっきりと見えているはず。そしてその大記録を勝利で祝うべく、チームの結束は固まっている。

以上

2012.04.05 Reported by 中野和也