自身のプロ初ゴールは、言われて初めて気が付いた。
「確かに、鹿島でも試合に出ていなかったから初ゴールだな、と」
周りに流されない、マイペースを貫く當間建文らしいコメントに、ミックスゾーンは笑いに包まれた。出場機会を求めて鹿島から栃木へ。完全移籍を果たした今季、本来の右サイドバックではなく、門外漢のセンターバックで當間は守備の要に成長した。開幕スタメンを勝ち取った當間には少し遅れを取ったものの、同じく出場機会を求めて川崎Ｆから期限付き移籍してきた棗佑喜は、今季初勝利を挙げた徳島戦から「大黒柱」（松田浩監督）として前線に君臨。惜しみなくボールを追い、ハードワークの体現者として今や栃木のシンボルだ。だが、ＦＷに求められる肝心の仕事は果たせずにいた。
「棗自身、ホッとしていると思う。前からボールを追ってくれていたけど、それが裏目に出ることも多かったから。でも、頑張っていればチャンスは必ず来る、とお互いに話していたので嬉しかった」
まるで自分のことのように、當間は同期のプロ初ゴールを喜んだ。廣瀬浩二が、サビアが、同じポジションの選手が結果を残す中で棗にも焦りはあった。でも、信念は曲げたくなかった。戦前、棗はこう話してくれた。
「ゴールを、と言われるので焦りがないわけではない。でも、自分の持っているものを出し、チームの勝利に貢献して、その中でゴールが取りたい」
自らが先制点を奪い、追加点のきっかけも作った。二兎を追って二兎を得た。「（連勝は）悪いもんではない。気持ち良いですね」。そう言い残し、今季初の連勝の立役者は安堵の笑みを浮かべ、最後にチームバスに乗車した。

攻守の核のゴールで熊本を２‐０で退けた栃木。前節、千葉から刺激的な勝利を飾っただけに、立ち上がりが心配されたが杞憂に終わる。３バックの急所を、スペースを有効利用しながら試合を上手く運び、１５分に左クロスを棗が流し込んで先手を奪う。「一人多くなってからの戦い方には多少課題が残った」と松田監督が振り返る通り、数的優位に立ちながらも、後半にＣＫから當間が追加点を挙げるまでは苦戦を強いられた。「相手が一人少ない状況では我慢する時間を作ってはいけない」と話す當間と同じ思いを他の選手も抱いたに違いないが、流れが悪い中でも決定機をほとんど作らせずに突き放せたことは小さくない。難しい状況の中で１‐０を２‐０にする力強さを、昨季は持ち合わせていなかったからだ。課題は克服しなければならないが、「勝てている雰囲気というのは大事にしないといけない」（松田監督）。負けない雰囲気を大切にし、勝点を積み重ねながら、厚みのあるチームに変貌を遂げたい。

敗れた熊本の高木琢也監督は、「苦いコーヒーばかり飲んでいたわけではなく、何杯か飲んだ中に甘いコーヒーもあった」と試合を総括した。ゲームプランは前半２７分の崔根植の一発退場で崩れたが、「ある程度やろうとしていることはできた」と原田拓。序盤のアグレッシブさでは栃木に引けを取らず、前からのプレスとサイドへのボール運びには手応えを得られた。先制を許し、過酷な状況に晒されても粘り強く戦えた。だから、後半に一時的ではあるが風向きを変えることができた。途中投入されたＤＦ高橋祐太郎が１トップとして奮闘したことも、ひとつの収穫だった。次節はホームでルーキーの松本を迎え撃つ。下を向かないことが勝利への第一歩となるだろう。

今季３度目の無失点、２度目の複数得点で得失点差０となり借金返済。初の連勝で５戦無敗。栃木は昇格圏内まで大差ない位置まで辿り着いた。開幕から吹き付けた強烈な向かい風を自力で追い風に変えたところで、キャプテンのパウリーニョが復帰。背番号７の帰還にスタジアムは沸き、ワンプレー、ワンプレーに温かい拍手が送られた。「良い形で迎え入れてくれて嬉しかった」。無邪気な笑顔で、パウリーニョはサポーターへの感謝の言葉を口にした。

おそらくコンディションは３割程度だろう。本来の姿からは程遠かったが、形勢を逆転させる雰囲気は生み出すことができた。紅白戦でレギュラー組に入ったとはいえ、わずか１５分に過ぎない。ぶっつけ本番に近い状態でピッチに立ったが、「初めて組むような感じだったけど違和感は無かった」と當間が言えば、菅和範も「一緒にプレーしやすい」。周囲の感触は悪くない。パウリーニョ本人も、「体が戻るに連れて自然と良いプレーができると思う。皆が知っているパウリーニョのプレーが出てくる」と自信をのぞかせる。Ｊ２屈指のボランチの状態が上向くと同時に、順位を上げて行ければ最高だ。現状に満足するほど栃木の今季の目標は低くない。

以上

2012.04.09 Reported by 大塚秀毅