1−1で迎えた84分、北野貴之のパントキックが、競り合ったノヴァコヴィッチと千葉和彦の頭を超え、高くバウンドし、広島の最終ラインまで流れる。水本裕貴が体をひねりながら頭でゴールキーパーに戻したボールは、不幸にもやや短かった。西川周作であればそのプレーを予測してポジショニングし、何事もなくキャッチできたのかもしれない。しかし、さらに不幸だったのは、この日広島ゴールを守っていたのは大卒2年目でこの日がリーグ戦初出場だった増田卓也であり、また、そのボールをねらっていたFWが、接触を恐れず飛び込んでいける富山貴光だったことだ。
増田の飛び出しよりも富山の頭が一瞬速くボールをとらえ、勝ち越し弾が広島ゴールに吸い込まれていく。しかし富山は喜びを爆発させることができなかったし、増田は自分の判断を悔やむ暇もなかった。次の瞬間には、富山の頭と増田の頭とが激しくぶつかり、さらには2人とも頭から地面に落ち、身動き一つできなかったのだから。
渡邉大剛とノヴァコヴィッチが血相を変えて駆け寄り、激しく手を振りながらベンチに向かって叫ぶ。その口元は、戦争映画であれば「medic!!(衛生兵)」と動いていただろう。広島も、大宮も、選手たちが次々に駆け寄り、両チームのドクターがすっ飛んでいく。頭を打っているため、動かすのは危険だ。3分後、先に首を起こしたのは富山。担架に乗せられて退場し、救急車で病院に搬送された。しかし増田は仰向けに倒れたまま。意識はあるようだが、体を動かすことはできないようだった。「(ピッチまで)救急車を入れろ!」と、コーチングゾーンを飛び出した森保 一監督の怒りをはらんだ声が響く。
それまで晴れていた空が、急に暗くなり始めた。ホームゴール裏の目の前での出来事に、当初は富山コールを送った大宮サポーターも、ただならぬ雰囲気に静まり返り、やがて増田コールが起こった。そこからアウェイゴール裏、メイン、バックスタンドまで波及したコールの、「マスダ!」というたった3文字に、「頼むから無事だといってくれ!」という声にならない祈りがこもっていた。増田の周りには広島の10人と、最後までノヴァコヴィッチと渡邉が付き添っていた。倒れてから実に20分後、ピッチ内まで入り、倒れた現場に横付けされた救急車に搬入され、増田はスタジアムを後にする。試合はその後、84分から2−1で再開された。
大宮は前節の大分戦から中2日、対する広島はACL北京国安戦から中5日。しかも広島はACLで主力の大部分を温存しており、大宮の体力的な不利は否めなかったが、序盤から主導権を握ったのは大宮だった。アウェイの広島が慎重だったかもしれないが、「前半は向こうがあまり前からプレッシャーに来てなくて、後ろでブロックを作って守っている感じだったから、なかなかスペースに飛び出すのは難しかったけど落ち着いてボールを動かすことはできた」(下平 匠)。15分に渡邉のスルーパスにズラタンが飛び出すがシュートは枠外。23分には左サイドからチョ ヨンチョルのクロスにゴール前にフリーで入り込んだノヴァコヴィッチが合わせるが、増田がかろうじて弾き出した。
守備でも大宮は、ダブルボランチの1枚が広島の2シャドーの1人をつかまえ、ボランチのもう1枚が広島の配球役になる青山敏弘をマーク。サイドではサイドバックとサイドハーフで広島のウイングバックをしっかり挟み、サイド攻撃をほぼやらせなかった。何度か、引いてボールを受ける佐藤寿人や石原直樹につききれずフリーにし、クサビを入れられ展開される場面はあったが、「慌てず中を締めて対応できた」(渡邉)。前半は広島にチャンスらしいチャンスを与えなかった。
しかし後半、広島はハーフタイムに山岸智に代えてパク ヒョンジンを投入すると、51分にそのパクからのクロスを石原が胸トラップしてシュート。54分にはファン ソッコのクロス、パクのクロスが左右から襲い、連続してゴール前に混戦が起こった。前半は高いラインを保っていた大宮の守備がズルズルと下がる。明らかにチョ ヨンチョルに疲労の色が濃く、ファン ソッコに付ききれないと見て、大宮ベンチは65分に渡部大輔を送り出した。「相手のサイドからのクロスが入る回数が増えたけど、そこをしのげたのは大きい」と青木拓矢が振り返るように、この時間をしのいだ大宮は再び守備ラインを押し上げる。そして67分、右サイドでボールを受けた今井智基がスピード勝負でパクを振り切り、クロスにノヴァコヴィッチが頭で合わせて先制。さらに青木が連続で放った2本のミドルが枠を襲うが、増田も素晴らしいセーブを連発して失点を耐えた。
しかし大宮の疲労も限界に近かった。足が止まってゴール前に釘付けにされるというほどではないが、広島のカウンターについていけなくなっていた。広島は77分、自陣コーナーキックをはね返したカウンターから、高萩 洋次郎のスルーパスに、ファン ソッコに代わって出場した井波靖奈がゴール前にクロスを送ると、抜群のタイミングで走り込んだ佐藤寿人が同点ゴールを押し込んだ。
そして84分、若いFWとGKの勇気あるプレーが生んだ不可抗力の悲劇。生命にかかわりかねない20分の中断を経て、それまでと同じように戦えというのは、互いの選手にとって酷だったに違いない。空には黒雲が広がり、87分には雷鳴が轟き、続いて稲光、豪雨がスタジアムを襲った。それでも選手たちは、「トミ(富山)が入れてくれたゴールを無駄にしないように」(青木)、「増田は最後まで身体を張ってくれた。それを結果につなげたかった」(千葉)、それぞれの思いを胸に戦い続ける。そしてキックオフから実に131分後、激闘の終了を告げるホイッスルが響いた。
7連勝で首位をキープし、リーグ戦連続無敗記録も21に伸ばした大宮だが、選手たちに笑顔はなかった。サポーターも、勝利を祝う「寝ても大宮」を歌う気分ではなかった。しかしそれよりも、心を揺さぶる場面が両サポーターを、選手を待っていた。ピッチ中央で整列後、ホームゴール裏へ向かって歩き始める大宮の選手たちを、広島の選手たちが追い越していく。「お互いに傷を負った。それでも紳士的に対応をしてくれた感謝の気持ちを伝えなければと思った」(佐藤寿人)。気づいた大宮サポーターは富山コールを中断し、再び増田コールで迎えた。アウェイゴール裏もそれに合わせ、メインスタンドが、バックスタンドが拍手する。整列した広島の選手たちが一礼すると、ゴール裏は一際大きなサンフレッチェコールで応え、大宮の選手たちが向かったアウェイゴール裏でも、広島サポーターがアルディージャコールで応えた。
そこには敵も味方もなかった。勝者と敗者さえなく、ただ選手もサポーターもだれもが、このピッチから去らなければならなかった2人の無事を祈っていたし、選手たちはサポーターに心からの感謝を伝え、サポーターは残って戦い続けた選手たちを讃えた。大宮の選手たちがピッチを引き上げるころには、雨雲は去り、空には大きな虹がかかっていた。
確かに手放しで喜べる勝利ではない、が、後味が悪いというのとも違う。それだけ、ピッチに示された勇気、闘志、スポーツマンシップ、あらゆるすべてが素晴らしかったし、選手、サポーター、スタンド、この日NACK5スタジアム大宮で見たものすべてのものが美しかった。
それでも今はまだ、気持ちの整理はつかない。富山は脳震盪と顔面打撲、下顎部裂傷と診断され、CTやレントゲン検査の結果は異常なく、裂傷を7針縫いその日のうちに帰宅した。増田は脳震盪と診断され、翌日に再検査を行い、異常がなければ広島に戻るという。今はただ、再検査の結果が良好であること、そして2人が一日も早く元気でピッチに戻ってくることを祈る。
以上
2013.05.07 Reported by 芥川和久















