7月7日のJ2リーグ第23節・G大阪戦の試合後、静かなところで急ぎの仕事の電話をかけようとフクアリの玄関から出ると、大柄な外国人の男性と目が合った。2005年から2007年7月23日の契約解除の発表まで千葉に選手として在籍したイリアン・ストヤノフさんだった。イリアン(とあえて書かせていただく)は握手をしたあとに筆者の肩に手を回しながら日本語で「久しぶり〜。元気? まだジェフ(の取材をしているの)?」と言った。千葉在籍時のイリアンは通訳がいない時は英語を話していて、英会話が非常に苦手な筆者は困ることが多かった。前述のイリアンの言葉に思わず「日本語、上手になりましたね」と言うと、イリアンは「うん。ちょっとね」と笑った。そして、G大阪戦は千葉が3−0の勝利だったこともあって、イリアンは「今日、来てよかったね、私。これ、勇人の」と言って手に持っていた今季の千葉のユニフォームをうれしそうに見せてくれた。
イリアンが千葉を契約解除になったのは某スポーツ新聞にアマル・オシム監督(当時)を批判する発言をしたという記事が掲載されたことがきっかけだが、実は記事掲載の前々日に筆者も同様の発言を聞いていた。当時、千葉に在籍していた羽生直剛選手(現・甲府)にコメント取材をしている時、イリアンがやって来て英語で「アマル監督の練習は良くないから、このままではジェフ(千葉)は良くならない。ジェフは監督を代えないといけない」というようなことを言ったのだ。さすがに「これはマズイ」と思った羽生選手がイリアンをなだめ、筆者も「もうわかったから」という感じでイリアンを帰らせようとしたが、イリアンは自分の考えを訴えたい気持ちが強かったらしく、自分の車を運転し始めても窓を開けて筆者に話してから帰って行った。千葉のオフィシャル媒体の仕事もしているとはいえ、仮にも記者の筆者にそんなことを言うなんて大丈夫かな? その時はそう思ったのだが、翌日にイリアンはスポーツ新聞の記者にも言ってしまったようで記事になってしまった。
千葉だけでなくイリアンがその後在籍した広島や岡山のサポーターもよくご存じだと思うが、イリアンは例えばチームメイトがファウルで倒されて痛んでいると自分がファウルされた時以上にファウルをした選手に対して怒る。チームメイトやチームをとても大切に思う選手で、監督批判の発言も千葉というチームを大切に思うがゆえにしてしまったことだと思う。現在は広島在住と聞いているが佐藤勇人選手との絆は変わらず、観戦に来たこの日は試合後に千葉の選手たちと旧交を温めたようだ。ちなみに千葉のリーグ戦での対G大阪戦の勝利は2005年のJ1リーグ第33節以来だが、その試合の決勝ゴールとなった山岸智選手(現・広島)の得点のアシストはイリアンだったと思うと、とても感慨深い。
G大阪戦では、千葉の選手やコーチングスタッフをはじめ千葉の関係者が左腕に喪章をつけていた。当日は、2006年からユニフォームスポンサーになるなど千葉がJ2に降格しても変わらずに長く支えてくださっている君津住宅のマッチデーだったのだが、喪章は6月にお亡くなりになっていた君津住宅の社長への哀悼の意を表するものだったそうだ。その試合では千葉のゴール裏スタンドに『君津住宅様 これからも共に』という手書きの横断幕が掲げられていた。長く千葉のスポンサーであり続けている君津住宅との絆が変わらないものであってほしいし、千葉にはその絆にJ1昇格で応えてほしい。
6月16日に亡くなられたヨジップ・クゼ元監督に黙祷し、喪章をつけて臨んだ6月29日のJ2リーグ戦第21節・東京V戦でも、G大阪戦でも千葉は勝利を収めた。亡き人を喜ばせるものになったと思われる勝ち試合を取材できたことをうれしく思う。
以上
2013.07.14 Reported by 赤沼圭子
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一覧へ【J2日記】千葉:変わらぬ絆(13.07.15)
J2リーグ第23節・千葉−G大阪戦の千葉側のゴール裏スタンドには、マッチデースポンサーの君津住宅へ『君津住宅様 これからも共に』という手書きの横断幕が掲げられた。















