EAFF東アジアカップ2013 決勝大会 韓国戦の先制点を目にした瞬間、彼の徳島での初得点シーン(2009シーズン 第22節 横浜FC戦)が頭の中で鮮やかに蘇りました。
雨のピッチ、処理が求められるボールは浮き球。そして何よりそれを絶妙のタッチのヘディングで前へ持ち出しての冷静なフィニッシュは、まるでその時と同じだったのです。
それから2年半、彼は徳島の地でそうした天才的なタッチを披露し続けてくれました。ボールの勢いをスポンジのように柔らかく吸収し足元へそれを従わせるトラップ、魔法のごとくボールの質やコースを変えて次のプレーヤーへ通すダイレクトパスなど、背番号13の見せるそれにファン・サポーターはいつも魅了され、それに引き込まれていたと言えるでしょう。
柿谷曜一朗選手のボールタッチ。改めて言うまでもないでしょうが、当時も、今も、その素晴らしい輝きは全く変わりありません。
対して、彼の人間としての内面は、徳島に所属した時間の中で大きく変化したと言えます。
チームに加入した2009年は尖った部分がやはり見受けられ、それは翌2010年も簡単には消えませんでした。そのためピッチでもムラっ気が現れ、この時期のプレーはやはり安定したものでなかったと言わざるを得ないでしょう。
またこれは少々余談かもしれませんが、彼にはクラブが発行するイヤーブック(2010年版)にまつわるこんなエピソードも。ここ数年は選手紹介ページのネタにするQ&Aを事前に選手本人たちに書面で答えてもらっているのですが、柿谷選手がある質問に対し書いてきた回答は「わからん」─。実際質問に対する答えが思い浮かばなかったのだとは思いますが、とは言えそういったところからもまだ強く残るやんちゃさが感じられました。
しかし、2011年、ついに変化の時が。指揮を取っていた美濃部直彦前監督にチームの中心になることをはっきりと求められ、時にキャプテンマークを巻いてピッチへ立つようになった柿谷選手は、芽生えた責任感と自覚によって目覚ましい人間的成長を遂げていきました。真のプロフェッショナルらしいサッカーへの取り組み姿勢、チームの勝利を何より追求するまっすぐな心を、自分の中にしっかり築いていったと言えるでしょう。結果そのシーズン途中からは、プレーだけでなくメンタル面でも周りを引っ張れる頼もしい存在となり、J1昇格を争うチームを最後まで牽引してくれたのです。
柿谷選手を徳島へ誘い、その成長を常に見守ってきた中田仁司強化部長は、「曜一朗は根っからのサッカー好きなので、当時はそうする環境を与えることが大切だった。それにプロと言っても幼い少年でしかなかったし、香川真司(現マンチェスター・ユナイテッド/イングランド)らとの競争が余計なプレッシャーとなっていた。感覚だけでプレーしていた天才だが、ここではいろいろ考えるだろうと思った」と移籍当時を振り返っておられました。また在籍した2年半に関しても、「チームワークの大切さなども学んだと思う。ここでしか出来ない大きな学びがあった」と総括。徳島で過ごした時間が柿谷選手にとって間違いなく重要なものであったことを語ってくれました。
そして中田強化部長は「初代表であの活躍は素晴らしい。しかしそれに対する驚きはない。逆にまだ(出来るところを)隠していると思う。今回(キリンチャレンジカップ2013 ウルグアイ戦)も招集されたが、レベルの高い海外組と融合することでどんなプレーを見せてくれるのかと楽しみでならない」とも付け加え、巣立っていった若武者へ今も愛情溢れる注目を向けています。
変わらないもの、変わったもの。柿谷選手が見せたその両方は今も非常に印象深い記憶です。そしてきっと多くの徳島のファン・サポーターもそう思っているに違いありません。だからこそ、徳島のファン・サポーターはいつまでも、柿谷選手へ特別な感情をもって声援を送り続けるはずです。
以上
2013.08.09 Reported by 松下英樹
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