今日の試合速報

開幕招待
開幕招待

チケット購入はこちら

J’s GOALニュース

一覧へ

【J2:第43節 川崎F vs 甲府 レポート】川崎F勝ち点「102」総得点「101」文句なしの成績でホーム最終戦を白星で飾る(04.11.23)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
11月23日(火) 2004 J2リーグ戦 第43節
川崎F 4 - 2 甲府 (13:00/等々力/10,010人)
得点者:'12 マルクス(川崎F)、'34 水越潤(甲府)、'39 ジュニーニョ(川崎F)、'70 我那覇和樹(川崎F)、'73 小倉隆史(甲府)、'81 谷口博之(川崎F)
----------
 すでに優勝を決めている川崎Fの今季ラストホームゲームは、雲ひとつない晴天のなかキックオフを迎えた。「川崎Fの原動力である前3人をいかに抑えるか」をポイントにあげた松永監督(甲府)は通常の4バックではなく、川崎Fのアタッカー3人に対しマンマークをつけ、ひとり余らせるという守備で、このゲームに臨んだ。キックオフ当初は、マークにつかれた3人にやりづらさが見てとれ甲府の作戦が奏功していると感じさせたが、すぐに均衡は破れた。

 前半10分すぎ、ジュニーニョがマークを外して中盤まで下がってボールをもらいドリブルで突破すると、甲府選手ふたりに囲まれファウルを誘いFKを得る。これをマルクスが自分の間合いで蹴ったボールはゴール左隅にキレイにおさまった。

 その後は一進一退でゲームは進むが、34分、甲府のサイドアタッカー石原がボールカットに成功し、そのまま左サイドをえぐってクロスをあげると水越が右足で振りぬき同点に。これで、追いついた甲府ペースになると思われたが、わずか5分後、ジュニーニョ、我那覇、マルクスと流れるような展開から「3人でいい形を作れた」と抜け出したジュニーニョに再びパスが渡ると、あとは落ち着いて決めるだけ。2対1と川崎Fリードで前半を折り返した。

 後半立ち上がり、甲府は小倉を中心にボランチ、両サイド、前線とポジションチェンジをしながら連動して走る甲府らしい動きで追加点を狙うが、何度かあるチャンスを逃してしまうと川崎Fペースに。先に動いたのは、関塚監督だった。68分、右サイドの木村に代えて長橋を投入すると、その2分後、中央のジュニーニョが右サイドへ展開し、長橋が上げたクロスに走りこんできたジュニーニョがヘディング。ワンバウンドして右ポストに当たったボールは、詰めていた我那覇の前に転がり込んだ。これが、今季の川崎F通算100ゴール目となるメモリアルゴールとなった。

 ところがその3分後には、攻めあがってきた甲府・倉貫に対するファウルを川崎F・佐原がとられPKの判定。これを小倉が確実に決めて再び甲府が1点差に迫った。内容的には川崎Fが上回るも、突き放しては追いつかれるという展開に「苦しい時間帯もあった」と語ったのは左ストッパーの谷口。ここで甲府が一気に選手ふたりを交代したところで、関塚監督が箕輪を呼んで交代の準備に入ると、前述の谷口が試合を決定づける4点目を決める。何度も攻め上がり「緩急つけたドリブルで勝負したかった」と試合後に語った塩川がドリブル突破からCKのチャンスを得る。マルクスからのショートコーナーから塩川、再びマルクスと戻し、上がったクロスボールに「当てすぎないよう擦らせた」という冷静さで決めた谷口の、今季初ゴールだった。

 その後は、我那覇に代えて箕輪がピッチに。箕輪が3バックの底に入り、寺田をひとつ前にあげて3ボランチに。「終盤になると相手が捨て身でくる分、相手ペースになりがち。後ろから見ていて甲府が前がかりになってフリーになっている選手がでていたので、そこをケアしようと思った」(寺田)。甲府がFW白尾に代えて鈴木を入れ3人目のカードを切るも、そのまま試合が動くことなくタイムアップを迎えた。

 勝ち点「102」総得点「101」総失点「38」。文句なしの成績を残しホーム最終戦を飾った川崎F。試合後には、1年間の感謝の気持ちを込めて「Good-bye J2セレモニー」が開催された。「青春の影」生ライブ演奏に乗せて2000年のJ1降格からの軌跡がオーロラビジョンに映し出されると、サポーターが一斉に顔をあげて映像を見つめ、長かった年月に惜別するような、まるで卒業式のような空気が広がった。その後、監督、選手全員による挨拶が行われ、途中ジュニーニョから来季の去就が告げられるとサポーターからコールと拍手が沸き起こり、ジュニーニョは左胸をポンポンポンと3回たたいてサポーターの手拍子に合わせた。そして、サポーターも参加しての「大ウォーターファイト」でさらに盛り上がると、セレモニーの終わりを告げる花火が反対側となるメインスタンドから舞った。

試合中は日差しが暖かかったこの日も、セレモニーが終わるころにはすっかり日も落ち、参加していたサポーターが並ぶバックスタンドのちょうど真上にやや欠けた満月が浮かんでいた。2000年のJ1降格からJ2で4年間の道のりを経て、この日を迎えた川崎F。この4年間は長い道のりだったが、決して遠回りだったわけではなく、選手もスタッフもサポーターも1年を経るごとに着実に力を増していった結果だ。

以上

2004.11.23 Reported by 隠岐麻里奈
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

旬のキーワード

最新動画

詳細へ

2025/12/21(日) 10:00 知られざる副審の日常とジャッジの裏側——Jリーグ プロフェッショナルレフェリー・西橋勲に密着