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【4th MEDIA連動企画】ターニングポイントで振り返るジーコ・ジャパンの軌跡 -2-(06.05.30)

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【 W杯への厳しい道、アジア1次予選がスタート 】

●2004年2月18日 W杯ドイツ大会アジア1次予選
日本代表 1-0 オマーン代表(埼玉スタジアム2002)
得点:93+分 久保竜彦(日本代表)
この試合を映像でも!!
2006年ドイツW杯への第一歩となるオマーン戦(埼玉スタジアム2002)。日本は地獄の苦しみを味わったフランスW杯のアジア最終予選(97年)を彷彿させるような大苦戦をいきなり強いられてしまう。
ジーコ監督が送り出したのは中田英寿ら欧州組中心のメンバー。だが彼らは試合の1〜2日前に帰国したばかりでコンディションが整わない。しかも宮本恒靖、山田暢久、柳沢敦の3人が高熱を出していた。それでも指揮官はあえて強行先発させた。この選手起用で、日本は若いオマーンの徹底マークに苦しむ。FW陣の決定力不足も目立った。空回りする日本とは対照的にオマーンはシンプルな戦術を貫き、何度かチャンスを作った。
スコアレスの状況に危機感を感じたジーコ監督は後半開始と同時に久保竜彦を投入。1点を奪いに行った。彼は2度3度といい形を作る。さらに小笠原満男を入れ、中田英を守備的MFに下げるが、一度も練習していない新布陣は機能しない。「攻撃を修正しようとしたけど最後までできなかった」と中村俊輔も苦悩を露にした。そのままロスタイムに突入。日本中がスコアレスドローを覚悟したが、ここで信じられない結末が待っていた。中村のスネに当たったボールが相手DFに当たって久保へ。フリーになった彼が左足でゴール。ジーコ・ジャパンでも何度か起こった「ミラクル」な終盤の得点で、日本はW杯への予選の最初の一歩をモノにした。
とはいえ、いきなりの大苦戦でチームの先行きに暗雲が漂ったのも事実。まさにこれは「ドイツへのいばらの道」の始まりだった。

《text by 元川悦子》




【 W杯出場権をかけた最後の遠征へ 】

●2005年5月27日 キリンカップ2005
日本代表 0-1 UAE代表(東京・国立競技場)
得点:69分 ハイダル・アロ・アリ(UAE代表)
この試合を映像でも!!
W杯のアジア1次予選の序盤はもたついたが、アジアカップ(中国)での優勝以降はチーム状態がよくなり、終わってみれば危なげなく通過。2005年2月からは最終予選に挑んだ。
だが最終予選も予想以上の苦戦が続く。初戦・北朝鮮戦(埼玉スタジアム2002)は1年前のオマーン戦を髣髴させるような展開だったが、後半ロスタイムに大黒将志が劇的ゴール。何とか勝利を収めた。だが、3月の第2戦・イラン戦(テヘラン)で痛い黒星を喫する。続くバーレーン戦(埼玉スタジアム2002)ではオウンゴールで勝ちを拾ったものの、後半戦への不安は拭いきれなかった。
6月のバーレーン、北朝鮮とのアウェー2連戦を最高の状態で迎えるためにも、5月のキリンカップは落とせない。背水の陣の思いで臨んだ日本代表だが、初戦・ペルー戦(新潟)ではカウンター一発に沈んだ。だからこそ、次なるこのUAE戦(国立競技場)だけはどうしても勝ちたかった。
この試合では、オランダから帰国した小野伸二が頭から抜群の動きを見せた。序盤から立て続けに決定機が生まれるが、なぜかゴールが遠い。後半も日本は引いた相手の守りを崩せずじまい。逆にUAEのお家芸であるカウンターが炸裂。日本はキリンカップでまさかの2連敗を喫してしまう。
この敗戦で、選手たちはかつてないほどの危機感を抱いた。その後のUAE合宿では選手全員が意見をぶつけ合うなど、士気を高める。この強い闘志が、世界で最初のW杯出場権獲得につながっていったのである。

《text by 元川悦子》

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