「This is football」。
終了間際の失点で勝利が手からこぼれ落ちた群馬の秋葉忠宏監督は会見でこう口にした。サッカーでは何が起こるか分からない恐ろしさを監督としての初戦で経験することとなった。だが、もう1分早く試合が終わっていれば、柱谷哲二監督がこの言葉を発していたかもしれない。前半にミスから失点。その後、攻めても攻めてもゴールが決まらず、内容と裏腹の結果に、サッカーの神様を恨んだに違いない。
群馬の指揮官秋葉監督は昨季まで2年間水戸でコーチを務めていた。水戸の弱点を熟知しているだけに、序盤から手の内の探り合いという展開となった。群馬は3-6-1システムで水戸の中盤に激しくプレスをかけて、ポゼッションを封じ込んで主導権を握ろうとした。しかし、水戸はボランチで先発出場が予想されていた木暮郁哉が腰痛のためベンチスタートに。大卒ルーキーの新里亮をアンカーに置く4−3−3システムで試合に挑んだ。秋葉監督はそれを察知するとすぐに4-1-4-1に変更。両サイドの守備を引き締め、水戸の3トップをケア。それを見て、今度は柱谷監督が4−4−2にシステムを戻すものの、再び秋葉監督は3-6-1に変更。水戸のよさを徹底的に潰そうとする群馬の執念に水戸は押し込まれた。そして22分に水戸の最終ラインのミスを突いて群馬が先制。前半は群馬の理想の形のまま試合は進んだ。
「システムを変えて混乱させてしまった」(柱谷監督)という反省を踏まえ、後半はもう一度自分たちのやるべきことを整理して臨んだ。すると、水戸が一方的に攻め立てる展開を築いた。序盤は難波宏明のスペースランニングを生かして群馬のDFラインを下げさせ、そして空いた中盤のスペースを制圧して攻撃を組み立てた。前半、群馬のコンパクトな陣形に手を焼いた水戸だが、後半は自分たちでスペースを作り出して攻めることができるようになった。こうなると水戸は強い。中央からもサイドからも分厚い攻撃を繰り出し、再三群馬ゴールに襲いかかった。しかし、開幕戦に加え、北関東ダービーということもあり、「相手も気持ちが入っていた」と橋本晃司が言うように、2年ぶりに水戸から勝利を挙げようと群馬も意地を見せた。ほぼ水戸のワンサイドゲームとなりながらも、群馬はゴール前に人数を固め、執念のディフェンスで水戸の猛攻をはね返し続けた。
水戸にとって焦りの募る展開となった。昨季までならば、このまま群馬の執念に屈していたに違いない。だが今年は違った。最後まで気迫を見せて相手ゴールに迫り続けたのだ。その中心にいたのが、橋本である。24日の鹿島とのプレシーズンマッチからボランチで起用されている背番号10が時間が経つにつれ、輝きを放った。中盤の幅広いエリアをケアしながら果敢にボールを奪取し攻撃につなげた。そして、自らゴール前に駆け上がりチャンスを演出し続けた。
戦っている男の前にはチャンスが舞い込んで来る。敗戦濃厚となった終了間際、途中出場の島田祐輝が左サイドからクロス。それを橋本は胸トラップし、すぐさま左足を振り抜いた。「つま先でフワッと浮かそうと思ったイメージ通り」(橋本)の弾道はゴール左隅に吸い込まれていったのだ。頼れる背番号10の活躍により、水戸は勝点1を手にしたのであった。
土壇場で追い付かれた群馬も、ホームで勝利を飾れなかった水戸も、勝点1という結果には満足できないだろう。ただ、「ダービーらしい、オープニングゲームらしいゲームができたと思います」と群馬の秋葉監督が満足げな表情を見せたように選手だけでなく、サポーターの気迫もぶつかり合った90分には、"Football"の魅力がたっぷりと詰まっていた。ダービー初戦は痛み分けとなったものの、今年も北関東は熱い。そう予感させる90分であった。
以上
2013.03.04 Reported by 佐藤拓也
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