初っ端から全開だった。湘南は自らのキックオフから1分も経たぬうちに馬場賢治がシュートを狙い、こぼれた先で菊池大介もミドルを放つ。さらに菊池は、「チームの前に行くパワーを強めたかった。決められれば最高でしたが」という述懐のとおり、間を置かずして2本目を撃った。勝点3への意欲が迸っていた。武富孝介の折り返しから高山薫が左足を振り抜いた鮮やかな先制ゴールは、そんな流れのなかで生まれたものだ。加えておけば、裏を狙った相手の長いボールをDF陣が粘り強く対応し、クリアに逃げずに繋いだ先で仕留めていた。高山の6試合ぶりのゴールによって11分、湘南が先制する。

「アクティブではなく受け身に回ってしまうところがあった。そういうゲームの入り方をすれば当然、主導権を握れない」Ｆ東京のランコ ポポヴィッチ監督は振り返る。たしかに、序盤の両者の温度は対照的に映った。繰り返されたＦ東京の裏への狙いは、湘南の執着心を剥がすにはシンプルに過ぎたかもしれない。それでも前半のなかばほどから自分たちの時間帯を引き寄せた背景には、3バックへの変更もあったろう。重心が前に傾き、相手の守から攻への切り替えも容易にはさせない。左右に振りつつ敵陣での展開に持ち込み、セットプレーによってチャンスもつくり出した。

Ｆ東京のペースは後半に入りさらに上がった。太田宏介のクロスをルーカスが落とし、長谷川アーリアジャスールがゴール前に躍り出る。コーナーキックから詰め寄る。東慶悟が枠を狙う。前半は2本に終わったシュートが山のように積み上げられていく。対して湘南もGK阿部伸行をはじめ身を挺していたが、Ｆ東京の反撃弾はそうして間もない。54分、太田が放ったフリーキックがゴール前の混戦を掠め、隅に直接吸い込まれた。攻勢はなおも止まない。左から右からシュートを浴びせ、フィニッシュブローさながらに渡邉千真が鮮やかに枠を捉えた。同点からわずか3分、前半とは対照的にＦ東京が一気呵成に逆転する。

一転してビハインドを負った湘南は、しかしまるで落ちなかった。大野和成は2失点に自省を込めつつ、「みんなの前へのパワーがすごくあってどんどん圧力をかけることができた。その結果として高い位置でボールを取ることができた」と振り返る。湘南がその後重ねた2得点は、前線に始まる守備の実りに違いない。契機はたしかに相手のミスだった。ただ、その誘発の理由はけっして雨のピッチにだけ求められるものではないはずだ。

65分、馬場が前でかっさらい、GKの位置を見定め、ゴールにそっと預けるようにふわりと浮かせた。自身にとっておよそ10カ月ぶりとなるゴールに、しかし雄叫びこそすれ笑顔はなかった。Ｆ東京の同点機を撥ね返せなかった自責の念もあったろう。前節先発しながら一度もシュートまで持ち込めなかった煮え切れぬ想いもあったかもしれない。なにより、勝負はまだ決していない。

湘南が追いついて間もなく交代出場したＦ東京の石川直宏は語っている。
「絶対に勝ちたいという気持ちが相手チームから伝わってきた。自分たちがそれに負けていたとは思わないが、相手の気迫は凄かった。あらためてサッカーの本質を見つめ直す機会にしなければいけないと思う」

82分だった。下村東美の投入とともに一列ポジションを上げていた永木亮太が猛然と前に出る。そしてボールを奪うや一直線、向かう先は決まっている。馬場と同じく、もしかしたら脳裏には、自身のファウルによって同点に追いつかれるきっかけをつくった悔いがこびりついていたかもしれない。ドリブルで持ち込んだキャプテンは冷静にコースを狙い、その向こうに歓喜を届けた。

曹貴裁監督があるとき口にした話がふと浮かぶ。たとえばハードワークしないチームがある試合で突然しようと思ってもできるものではない、ゲームのパフォーマンスは日々の積み重ねによってしかもたらされないのだと、そんなニュアンスだったと記憶する。全開の立ち上がりも前線に始まる守備も、奪ってからの縦に速い攻撃も90分足を止めぬ戦いも、いずれ違わず積み上げてきたものだ。試合に出られぬ苦しい時期を経た選手の成果もまた、チームの幹に等しい。粘り強く、泥臭く掴んだ勝点3は、いかにも湘南らしかった。

以上

2013.05.12 Reported by 隈元大吾