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2022年10月20日(木) 17:00

宇佐美 貴史「決勝の舞台をもう一度踏みたいし、是非もう一度優勝したい」【ルヴァンカップ 30周年記念インタビュー】

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宇佐美 貴史「決勝の舞台をもう一度踏みたいし、是非もう一度優勝したい」【ルヴァンカップ 30周年記念インタビュー】
宇佐美 貴史(G大阪)のJリーグYBCルヴァンカップ 30周年記念インタビューです。(撮影者:牛島寿人)

「決勝の舞台をもう一度踏みたいし、是非もう一度優勝したい」

3冠制覇の足掛かりに
――プロになる前に、Jリーグカップで記憶に残っていることは何かありますか。
宇佐美 小さいときに試合を見に行った記憶はありませんけど、僕がガンバ大阪のアカデミーにいた2007年に川崎フロンターレと決勝を戦って、ミチ君(安田理大、現松本山雅FC)が点を取って勝った思い出が残っています。05年の決勝も、どこで見たのかは記憶にないですけど、ジュニアユースの仲間たちと何人かでテレビ観戦して、最後にヤットさん(遠藤保仁、現ジュビロ磐田)がPKを外したのを覚えていますね。

優勝した2014年は準々決勝の組み合わせを決めるオープンドローに参加。神戸との「関西ダービー」を引き当てた。
優勝した2014年は準々決勝の組み合わせを決めるオープンドローに参加。神戸との「関西ダービー」を引き当てた。

――G大阪が優勝した14年大会では決勝にたどり着くまでに、宇佐美選手は6試合5得点。ケガから復帰直後のグループステージでもステージ突破に貢献するプレーを見せましたが、ご自身のパフォーマンスを振り返ってください。
宇佐美 僕もそうですし、チームも試合ごとに強くなっていっているという感覚をつかんでいった記憶があります。リーグ戦の序盤は順位が良くないということにプレッシャーはありましたけど、カップ戦は思い切って戦えますし、僕も復帰後にパフォーマンスを上げていく過程にいましたけど、そこがうまく合致して、この大会を戦いながら、「このサッカーならばリーグ戦でも勝てるな」という感覚をつかみました。このシーズン、ガンバは3冠を獲っていますが、それもすべてヤマザキナビスコカップのグループステージや、決勝トーナメントでいい感覚をつかめたのが大きかったと思います。

リーグカップ戦初出場は2010年の準々決勝第1戦。広島を相手に0-1で勝利。
リーグカップ戦初出場は2010年の準々決勝第1戦。広島を相手に0-1で勝利。

――09年度の天皇杯優勝メンバーには名を連ねていたものの決勝ではメンバー外。バイエルン・ミュンヘン在籍時に経験したUEFAチャンピオンズリーグの決勝でもピッチには立っていません。宇佐美選手にとってご自身が出場した初めての決勝が、14年の広島との一戦でしたが、あらためて特別な思いはありますか。
宇佐美 しっかりと自分の力で取るタイトルという意味では初めてでした。その前に天皇杯を取っていますが、何も貢献できていなかったですし、09年の天皇杯に関してはサッカー人生の中でも僕にとって一つめのタイトルとカウントしていないぐらいです。一つめのタイトルは、僕にとっては14年のヤマザキナビスコカップになると思っています。緊張もしましたし、あの試合に関してピッチ内で自分が見ていた光景は鮮明に残っています。

――この試合、前半のうちに広島に2点の先行を許します。試合後の取材でも「2点目を取られて、終わったと思った」と話していました。あらためて、広島に2点目を奪われたときに、ピッチ内でどう感じていたのですか。
宇佐美 めっちゃ嫌な空気でした。あのシーズンの勝ちパターンはあまり逆転がなくて、0対0で推移して最後にセットプレーで得点したり、先制できたら勝てている印象でしたが、逆に先制されるといいイメージがなかったので、先に点を取られるのだけは嫌でした。しかも、あのときの広島自体も点を取ると全員で、自陣にこもって守備をする印象でしたし、それが強みでしたけど、「これはまずいな」と思いましたし、2点目を取られたところまでは最悪の展開でしたね。

ドイツでのプレーを経て、2014年のJリーグカップでは7試合5得点の活躍で優勝に大きく貢献した。
ドイツでのプレーを経て、2014年のJリーグカップでは7試合5得点の活躍で優勝に大きく貢献した。

――決勝で2点のビハインドをひっくり返して優勝したのは、14年のG大阪が最初です。2点目を取られた直後に遠藤選手が「落ち着け」という言葉をかけたと聞きますが、遠藤選手の存在も大きかったのでしょうか。
宇佐美 本当にあの1点目が全てじゃないですか。ヤットさんのクロスからパトリックが決めましたけど、パトリックも練習ではあんなシュートは決めないのに、いきなり試合で決めましたし、あの1点で「よし、もらった」と思いました。

この年、G大阪はJ1リーグ戦、天皇杯も制し、3冠を制覇
この年、G大阪はJ1リーグ戦、天皇杯も制し、3冠を制覇

一番うれしいタイトル
――1点差で後半に向かうにあたって、宇佐美選手自身が意識したプレーや役割はあったのですか。
宇佐美 点を作り出すことですね、何となく自分が点を取れるイメージがなかったので、起点になるプレーとかは意識しましたけど、2点目さえ取れれば勝つ可能性が高いと思っていたので、点が入れば何でもいい。自分が点を取れれば一番いいですけど、とにかく2点目さえ作れればと意識していました。とにかく早い段階で追いつければ、この試合は自分たちのものだと考えていましたね。

――54分に追いつき、71分に逆転します。その後、宇佐美選手は84分に交代。試合終了間際にはベンチで感涙にむせぶシーンも印象に残っています。
宇佐美 最後はやられる気はしませんでしたし、自分が貢献した初のタイトルということや決勝の試合展開も含めて、今までの優勝の中でも一番うれしかったです。あの3冠イヤーの中で、どの優勝が一番うれしかったかと聞かれれば、ヤマザキナビスコカップです。自分が貢献して一番最初に獲れたタイトルということと、育ててもらったクラブに対して一つタイトルという結果を残せましたから。

2014年にニューヒーロー賞を獲得し、記者会見でコメント。
2014年にニューヒーロー賞を獲得し、記者会見でコメント。

――大会ではニューヒーロー賞を受賞しました。選出されたときの気持ちを教えてください。
宇佐美 俺がニューヒーローでいいんかな?とは思いました。結構、名前的には飽き飽きされているぐらいだと感じていましたから。でもうれしかったし、ありがたかったですね。この賞は登竜門的な存在になっていましたし、ニューヒーロー賞を取ってさらに大きくなっていくような空気もあったので、このまま選手として登っていきたいと感じました。

――ルヴァンカップとは宇佐美選手にとってどのような大会なのでしょうか。
宇佐美 いい思い出しかないですね。優勝の経験と決勝で鹿島相手に完膚なきまでに負けた経験(※15年)の双方を持っていることが自分にとっていいなと思います。多くの方に注目されて試合ができる決勝の舞台をもう一度踏みたいし、是非もう一度優勝したいですね。

――ルヴァンカップは前身のナビスコカップ時代を含めて同一スポンサーによる大会としてギネスブックにも認定されている歴史ある大会です。改めて今後への思いを聞かせてください。
宇佐美 本当に僕ら選手にとってはありがたい環境ですし、今のままであって欲しいですね。出ている選手にとっても、あまり出られていない選手にとってもそうですし、チームの底上げになる大会です。選手のレベルアップや若い選手が日の目を浴びる大会でもあります。国内三大大会の一つとして、今後もあり続けて欲しいです。

(撮影者:牛島寿人)
(撮影者:牛島寿人)

【プロフィール】
うさみ・たかし/1992年5月6日生まれ。京都府出身。FW。ガンバ大阪ユースから高校2年次の2009年にトップ昇格。11年にバイエルン・ミュンヘンに移籍。TSG1899ホッフェンハイムを経て、13年にG大阪に復帰し、14年のJリーグヤマザキナビスコカップでは7試合5得点の活躍で優勝に貢献(同年、G大阪は3冠)。ニューヒーロー賞を受賞した。16年にFCアウクスブルク、17年にフォルトゥナ・デュッセルドルフと渡り、19年にG大阪に復帰した。22年までのJリーグカップ成績は19試合出場6得点

インタビュー/執筆 スポーツライター 下薗 昌記
インタビュー撮影 牛島 寿人
協力 ガンバ大阪

 

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